第16話 カラスウリ

2024年1月1日。

前年のクリスマスの日に、そろそろアラサーに差し掛かろうかという年の息子が小学校以来の友達と三人でマンションを借りて引っ越しをしたのだが、年末年始ということで息子もすぐに帰省し、息子が生まれた翌年の元旦に亡くなった夫の祖母が眠る雑司ヶ谷の墓所と、息子が大学に入学した年のゴールデンウィーク明けに亡くなった私の父が眠る下谷の墓所にお参りしたのち一家で私の実家へと向かった。

毎年の事ではあるが、ここに愛犬も加わるので一家での大移動だ。

実家に到着してしばらくしたのち、夫と娘、息子は初売りに出かけ、午後は私と母だけが実家に居る状態だった。私は家で母の手伝いをしつつ、PCとテキストとを交互にみながらパワーポイントで講義用の画像を作成していた。

正月であろうと、何だろうと、冬休み明けの講義の準備が間にあわないかもしれない、となれば、目が覚めている時間に作業をせねばならない。

前年の秋から短大で化学系の講義を受け持つようになり、専門学校と短大で化学を教えるようになっていた。高校は3月に退職していたので、もう生物の先生ではない。

自分が学生側だったころなどは、大学の先生のノートが何年も変わらない、という嘲りというか馬鹿にしたような話を時々聞いた。たぶん、それは他大学の学生の話だったはずだ。少なくとも理系で研究者をやっている教員なら、半年や数カ月前まで正しかった事があれよあれよという間に誤りになるのを幾度となく目の当たりにしているから、教える内容の新陳代謝は、それこそ小腸の上皮並みのスピードである。私の受け持っている講義の内容も2023年度から大きく変わる事になり、それまで少しずつ作り直して使っていた資料等も大幅に手を加えなければならなくなった。更に、もう一か所、職場も増えたので結構な忙しさなのだった。正月なんて有ってないようなものだ。

母がつけっぱなしにしているテレビから地震速報のアラート音が鳴った。見に行くと能登半島で地震が起きたという。テレビのある部屋に母は居なかったが石油ファンヒーターの灯油を入れに行こうと灯油のある場所に向かっていたので、代わりに行こうと交代した。足が悪いなりに工夫して、母も自分一人の時は何とかしているのだが、私が居る時位は代わってやりたいしね。

家の外で灯油をストーブのタンクに移し替え、室内に戻ったとたん、テレビがもう一度、緊急地震速報のアラートを発した。

PCでの作業中はいつも流しているYouTubeの地震速報チャンネルもアラートが鳴りやまなかった。数分前のものとは違い、津波に注意という大きな文字が繰り返し表示されていた。テレビではアナウンサーがよく訓練されたハッキリと聞き取れる声で、高いところへ逃げろ、と強い口調で何度も繰り返していた。

この地震は令和六年能登半島地震と名付けられた。

それから二日後の一月三日。

パワーポイントに配布資料に、二校分の試験問題の作成と試験対策用問題集…等々、作業の終わりは永遠に来ないように思えたが、既に正月気分など吹っ飛んでいる。直接の被害はないものの、不安な気持ちを抱えたままの作業は遅々として進まず、気分転換も兼ねて大型ショッピングモールへと一人で出かけた。行きは車で送ってもらったのだが、帰りは一人でぶらぶらと、栗畑のある辺りを抜ける道を通ってかえった。

一本の木の、地面から2メートルぐらいの高さに赤い、握りこぶし半分位の大きさの実がなっている。1つではない。3つほど見える。カラスウリだ。

小学生の頃の通学路沿いにあった雑木林に、時々、カラスウリが生っているのを見る事があった。赤色寄りの橙色が、樹木の葉は枯れているから、なおさらよく目立つ。他人の土地のものは野草でも所有者の物、という感覚が薄かったので、道々、摘んで帰るのがお決まりだったが、このカラスウリは高いところにあるから、小学生の自分には手が届かず、いつも悔しい思いをして見上げていたものだった。

念のため書いておくが、野菜や明らかに園芸用の花等は採取したことはない。栗畑の栗も、中身が入っていない栗、通称「おちょこ」であっても拾ってはいけない、と小学校で厳しく教育されていた。農業地帯ならではだと思う。

50代半ばに差し掛からんとする今は、カラスウリぐらい、訳なく採取できる。できるのだが、やらない。眺めて、撮影をして、子供の頃を思い出すだけだ。

能登の風景は、地震で様変わりしてしまったところが多くあるという。海岸線も変わってしまったようだ。懐かしさを感じられる、幼い頃や家族を思い出せる、そんな風景が少しでも残っていますように。人々の生活が少しでも早く、元に戻りますように。

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道を歩けば端に植物 永田電磁郎 @denjiroonagata

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