第16話 若獅子の猛り
ロイスは次々と上げた戦果に酔いしれた。
自分は強い。誰よりも強いのだと満足していた。
捕まえた革命軍の将兵をその場に跪かせた。
恐怖に怯える彼らを前にロイスは酒瓶を片手に笑っていた。
「はははっ。こんな奴等に御歴々方は苦戦していたのか?こんな奴等、俺が皆殺しにしてやる」
彼は腰に提げたサーベルを抜き放つと目の前に跪く将校の頭に振り下ろした。未熟な彼の剣技では頭の中ほどで剣は止まってしまったが、彼は刃を引き抜き、その場に倒れ込む将校を見て、大笑いをする。その後、捕虜は全て、銃殺に処された。
ロイスの活躍もあり、貴族軍は一気に包囲をしていた革命軍に大損害を与えた。彼等はそのまま、革命軍の後方部隊を叩きながら突き進んだ。
ロイスは損害を気にせずに進軍を命じる。盲目的な進軍であったが、目標は革命軍によって制圧されているバフート市であった。もっとも近い中都市であり、かつては子爵の爵位を持つ貴族が支配していた街であった。
この街を陥落させられれば、貴族軍としては久しぶりの大戦果となり、活気づくのは目に見えていた。そして、ロイスが英雄扱いされる事もだ。
ロイスはただひたすらに進軍を命じる。それはいち早く、この街を陥落させるという野望の為だ。欲望を剥き出しにして、彼はひたすらに突き進む。
潰走する革命軍は彼等に駆逐されつつ、散り散りになっていく。
だが、この状況を冷静に観察する者が居た。
早々に部隊を引いて、損害を最低限に納めたクレアである。
彼女は高台から双眼鏡で望んでいた。
「頭が悪いわね。後方の部隊を大きく引き離してるわ。あれなら、補給も足りてないだろうから、そろそろ、弾薬が尽き始めてるんじゃないかしら・・・」
それを聞いた軍曹は無線機を片手に命令を待っていた。
「まずは後方の司令部に敵の動きを知らせる。潰走する部隊を集めて、防御を固めて貰わないといけないからね。私達は奴等の足止めをするわ。後方との間に割り込んで、ケツからあいつらを追うわよ。そのまま、突っ切って、味方と合流する。モタモタすると敵に包囲される危険性がある。スピードが命よ」
クレアの言葉に軍曹は真っ青になった。
「マジですか・・・下手したら挟み撃ちですよ?」
「それぐらいの奇襲じゃないと、数と勢いの劣勢は挽回が出来ないのよ」
クレアは笑いながら、トラックへと戻る。
作戦は始まった。
快速を発揮して、草原を疾走する車の群れ。
姿を隠すなど一切しない。目的はロイスと後方部隊の間。
5キロ程度、離れた箇所に飛び込む為。
普通なら気付きそうなもんだが、ロイスの部隊も後方の部隊も移動で手いっぱいで駆け寄って来る一団への警戒を怠っていた。これはクレアからすれば、嬉しい誤算だった。
ロイスの部隊は後方に迫ったクレアの部隊を味方だと誤認した。まさか後方から敵が迫って来るなど誰も思っていなかったのだろう。
クレアは敵からの攻撃が無い事にニヤリと笑った。
部隊はどんどん加速して、ロイスの軍勢の背後に取りつく。そして、クレアは号令を掛けた。
「総員!一斉射撃!駆け抜けろ!」
部隊はそのまま、ロイスの部隊にぶつかるように飛び込む。
装甲車が最後尾を走る敵トラックをぶつけて蹴散らす。
次々に転がる敵トラックや小型車。
突然の事に敵勢は混乱した。ただの事故。そう勘違いする者も多かった。
この時点でまだ、ロイスは何が起きているか知らない。
最初の一発が放たれた。
装甲車の機関銃が唸り、次々と敵の装甲車やトラックを撃ち抜く。
装甲車と言っても薄い鉄板を張っただけの装甲車など、近距離からの銃撃に耐えられるはずは無かった。
激しい銃声で初めて、ロイスは異変に気付く。だが、その時にはロイスの軍勢はクレアの部隊によって、二分され、銃撃の的とされていた。軍団中央に居るロイスが乗り込む装甲指揮車に銃弾が浴びせられる。弾丸が装甲を破って、ロイスの頭を掠める。それで彼は慌てて、床に転がった。
「何事だぁあああ!」
ロイスは怯えたように声を震わせ、怒鳴った。
「敵です!敵が後方からっ!」
兵士が慌てて、答える。その瞬間、防弾窓が撃ち抜かれて、彼の頭が砕かれた。
飛び散る血を見て、ロイスは悲鳴を上げる。
「ロイス様!囲まれます!」
運転手が叫ぶ。天窓から上半身を晒し、機関銃を撃っていたはずの兵士がいつの間にか死んでいた。
ロイスはこのままじゃ、ダメだと思った。
「俺が魔法で全てを焼き払ってやる」
彼は一発逆転を求めて、複雑な呪文を唱え始める。
クレアの部隊はロイスの車両を取り囲みながら、一気に敵勢の真ん中を突っ切ろうとしていた。クレアはトラックの助手席からその光景を眺めていた。
「あれが敵の指揮官の乗る車か・・・貴族が乗っているのよね?」
運転手が答える。
「だと思いますよ。トラックの癖に頑丈な装甲を張ってますから」
「だとすれば、魔法を使うかもしれないわね。魔法計は・・・なるほど、ビンビン、針が動いているわ。あのバカ貴族、かなり強い魔法を用意しているみたいね・・・面白いわ」
クレアはニヤリとした。
ロイスは懸命に呪文を唱え、懸命に天窓への梯子を上る。死んだ兵士を押し退け、自分が屋根へと上った時、魔法を一気に発動させた。
それは彼が持つ魔法の中で最大の魔法だった。
激し火炎の渦が起き、火炎の竜巻と化す。
彼を中心にして、その周囲が一瞬して炎に巻かれた。
燃え上がるトラックや兵士達。
「はははっ!燃えろ燃えろ!」
彼は大笑いしながら、炎を強める。
そして、全てが終わった時、彼の周囲には何も残っていなかった。
「はははっ。皆殺しにしてやったぞ!」
ロイスは腕を振り上げ、勝利を叫んだ。その時、後方から軍勢が現れた。
女の声が響き渡る。
「ご苦労さん。味方を焼き殺した気持ちはどうかしら?」
それはクレアだった。
それを見たロイスは何事かと思いつつ、青褪める。
「あんたが魔法を発動するに決まっているから、予め、後退したのよ。私達が後退したのを見て、あんたの部下は慌てて、あんたを守る為に集まった。そこにあんたの魔法が炸裂、すごい威力だったわよ。あんなの喰らったら、私達は全滅だったわ」
ロイスの車はクレアの部隊に囲まれ、行き先を失い、止まった。クレアの兵士が下りて、ロイスの車に乗り込む。
力を使い切ったロイスは疲れ切ったように担ぎ出され、クレアの前に放り出される。
「子どもじゃない。ガキの癖によくやってくれたわ」
クレアはロイスを蹴り、踏みながら、見下ろす。
「隊長、どうしますか?」
部下が今にも殺したそうに尋ねる。
「手土産って奴よ。死なない程度に拷問していいから、連れて行くわよ」
「了解です」
残念そうに兵士は縛り上げたロイスを担ぎ上げ、手荒にトラックに乗せた。
クレア達はそのまま、敵勢から逃れるように走り去る。
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