恋愛論と不健全論

「で、結局会うの、会わないの」


 放課後のファストフード店の一角で、トシが迫ってくる。会うの、会わないの。


「会う」

「いいの? おまえほんとそれでいいの?」

「……トシは俺にどうしてほしいの?」

「いや……なんつうか……」


 シェイクを吸い上げながら、トシからスマホを受け取る。画面に映っていたのはトシのカノジョと、俺に紹介してくれる予定の友達。けっこうかわいい。巨乳だし。これでまあまあって、トシはどんだけ夢をみているんだろう。

 ストローを煙草のように揺らしながら、ポテトに手を伸ばす。


「ていうかさ~、だいたい俺が好きとかそういうの気持ち悪いじゃん、向こうからすれば」

「んなことねえって」

「冷静に考えてみ? 成績学年トップの才女だぞ? バスケ部のエースだぞ? あんだけかっこよくてかわいいんだぞ?」

「…………うーん……」


 トシは、少し考えたあと、小さく言った。


「そんなにかわいいかな?」

「ぶっ殺す」

「うわああ」


 ほんとは、かわいいとかかわいくないとか、頭がいいとか運動神経がいいとか、そういう問題ではない。

 小学校の中学年ごろから少しずつ離れていって、今や月と太陽くらいに距離が開いてしまった大坂千寿のきらきらした瞳を見ることができないのは、劣等感のせいだ。勉強は一度つまずいたのをそのままにしてしまうとどんどん置いて行かれるわ、それに比例して生活態度も悪くなっていくわ、もういいことがない俺にとって、大坂千寿の存在は憧れと同時にどこか憎らしいものでもある。

 まっとうに育った大坂千寿にそんなふうに思う自分がいやになってさらに自己嫌悪して、ループ。


「はああ~、もう、豆腐の角に頭をぶつけて死にたい」

「あれ、ショーゴ?」

「んあ?」


 背後から急に名前を呼ばれ、身体の向きを変えないままふんぞり返るように振り向くと、何度かトシと一緒に遊んだ女の子ふたりがトレーを持って席を探しながら立ちすくんでいた。


「あれ~、ともちゃん偶然~」

「ほんと~、最近全然遊んでくれないじゃん」


 四人席を占領していた俺たちがスペースを空けると、彼女たち……友ちゃんと奈々ななちゃんはそこに座ってシェイクにストローを挿し、身を乗り出してきた。


「ねえショーゴとトシちゃんさあ、今度海行かない?」

「海?」

「そ、そ。夏休みはじまるじゃん? ぱあっと遊ぼうよ」

「海かあ」


 悪くない、みたいな顔してっけどトシおまえカノジョは?


「トシ、カノジョどーすんの」

「うわあ、彰吾が楽しいおしゃべりにめっちゃ水差してくる」

「え、トシちゃんカノジョいんの?」


 たぶん、トシはカノジョの存在を隠しておきたかったのだ。こいつはそういう奴だ。

 分からない。いろんな女の子と楽しく遊んでいたいならカノジョをつくらなければいいのに。それでも特別扱いしたい奴がいるならほかに目移りしない努力をすべきだ。

 こんなこと言うときっとトシにはあきれ気味に、おまえがそれを言うな、と言われちゃうのだろうけど。

 俺は、叶わない恋をしているだけであり、心に決めた人がいるからと言ってその人に見向きもされていないので、どうしようもないのだ。

 だって健全な男子高校生なのだから、不健全な悶々は溜まるわけだし。


「言い訳甚だしいわ!」

「心の声を読むなよ!」

「いや、今ダダ漏れだったけど?」

「えっ」


 三人を見ると、にやにやしている。マジで。

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