自覚したあのとき

 自分で思ってたことを口に出して言ってしまうとか、どこの少女漫画のドジっ子だ。というより、聞かれていたのか、俺の、恥ずかしい恋する乙女みたいな独白を。


「なになに? 叶わない恋って何?」

「う……別に」

「気になりますなあ、聞きたいぞ」


 女子は恋の話、好きだよな。と思う。手っ取り早く盛り上がるんだろうし、どんな話題よりもきゃあきゃあ言いやすいというのは分かるけど。

 しどろもどろになってどうにかこうにかかわそうと、何かほかに話題がないか顔ごと視線をうろつかせていると、ぱちっと目が合った。


「っ」

「千寿、席空いてた?」

「……空いてなかった。別の店探そう」


 俺と目が合った瞬間、たしかにじっくりと見つめられ、それに耐えきれずに俺が目を逸らしたとたんに、大坂千寿はあとから来た友達に首を振って引き返した。

 心臓がいやな感じに鼓動を刻んでいる。ぐしゃ、と制服のシャツの胸元を握ると、頬杖をついたトシはふうんと言って俺のほうを見てとどめを刺した。


「俺たちのとなり、空いてたのにな」

「ね、見えなかったのかな」


 見えてないはずない。

 だって俺と目が合ったのだから。

 彼女は俺のとなりに座りたくないだけだったのだ。それくらい、分かる。ぎり、と歯を食いしばって泣き出さないようにする。もう慣れたし、こんなの。

 いつからか、俺が後ろめたくてかかわれなくなっていくのとほぼ同時だったような、大坂千寿のほうでも俺を避け始めた。まず、家が近いからなんとなく示し合わせたように一緒に学校に行っていたのだけど、さらりと時間をずらされた。それから、中学校に入ってからは俺を苗字で呼ぶようになった。

 同じ高校に行きたくて、目も合わせられないくせに視界に入れていたくて必死で勉強して、俺は奇跡的に県内有数の進学校に受かった。無理して受験期だけ漬物みたいに勉強漬けになったしわ寄せが、二年生になった今成績に表れている。

 そして、そんな同じ高校に受かった俺に向かって、彼女は一言、俺をまっすぐ見つめてこう言った。


「あたしあんたのこと、大嫌いなんだよね」


 理由はよく分からないけど、卒業式の日に脈絡もなくそう言われてしまって、悲しいとか怒りだとか、そういった感情を突き抜けて、俺は思った。


「そのときさあ、俺……こいつにメスにされたいと思った……」

「……」

「……」

「……」


 三人分の沈黙が痛い。

 分かってる。俺だって、もし友達にこの話をされたら「は? 何それきっも、意味分からん」という反応になること請け合いである。

 ただ、大坂千寿に大嫌いだと心底軽蔑したようなまなざしで吐き捨てられたときに、背筋をぞくぞくと何かが這い上がっていったのは、まぎれもない事実なのだった。絶望とも、嫌悪とも違うそれは、なんだったのか。未だに俺にもよく分からないが、このときはじめて、たぶん、俺は彼女に「抱かれたい」と思った。

 抱かれたいとかそんなちんけな願望で済まないほどめちゃくちゃにされたい。そう思った。


「た、たとえば、だけどさ……」

「おう」


 奈々ちゃんが、おずおずと質問を繰り出してきた。


「たとえば恋が叶うとするじゃん……」

「いや、それはない」

「だから、たとえばの話。それでさ、そのとき、まあたぶん恋人同士のあれやこれやをするわけじゃん……?」

「まあそうなるよなあ」

「そのとき、どうするの?」

「どうするって?」


 きょとんとして奈々ちゃんを見つめる。彼女は眉間にしわを寄せ、どうしたものかとうなりながら言葉を絞り出す。


「ショーゴは、抱きたいの?」

「……ああ、そういうことか」


 生物の器官の観点から見て、俺が大坂千寿に「抱かれる」ことは物理的に不可能だ。まあ世の中いろいろな道具があるから、絶対に無理とは言わないがそれはとりあえず置いておくとして。

 どうやら三人ともそこが一番気になるみたいで、俺の返答を待っているけど、残念ながら俺は彼らの望むであろう答えを持ってない。


「だから、言ってるじゃん。この恋は叶わないから、そんなこと考えるだけ無駄。俺はほかの女を抱く。あいつはほかの男に抱かれる。以上」


 ほんとう、これ以上の説明なんかない。

 大坂千寿が俺を好きになることは、絶対にない。だって好きになってもらえる要素がない。だから、抱くだの抱かれるだのそういうことは想像するだけ、無駄なのだ。

 好きになってほしいと思わないことがないわけではない。恋をするからには見返りはほしい。ただ、絶対に彼女が俺を好きにならないという現実が横たわるとき、その現実が俺の劣情を誘うこともたしかなのだ。

 道端で死にかけているミミズを見るような目で見られると、言い表しようのない感情が喉を焼いて口を突いて飛び出しそうになるのだ。

 太陽がまぶしかったからという理由で人殺しをした、という小説があったらしいけど、たぶん気持ちはそれに近い。

 きっと物語の中の犯人は、自分を焼き尽くそうと光を浴びせる太陽に、欲情したに違いない。


 ◆

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