金の好きな悪賢い王様

結城藍人

金の好きな悪賢い王様

 むかしむかし、あるところにきんが大好きで悪賢い王様がいました。


「ああ、わしのがさわったものが金になったらよいのになあ」


 悪賢い王様は、わざとらしくつぶやきました。おとなりの国の、やはり金が好きな王様が、そうつぶやいたら、天の使いが現れて本当にそうしてくれたという話を聞いたからです。


 しかし、おとなりの国の王様は、まちがえて大切なお姫様をさわってしまい、お姫様を金にしてしまいました。それを大変くやんで天の使いに頼み、さわったものを金にする力を捨てて、お姫様を元に戻す方法を教えてもらったというのです。


 それを聞いた悪賢い王様は「バカなやつだ」とあざ笑いました。自分なら、もっと上手にさわったものを金にする力を使えると思ったからです。それで、おとなりの国の王様と同じようにつぶやいてみたのでした。


 そうすると、おとなりの国の王様がつぶやいたときと同じように、天の使いがあらわれて、悪賢い王様に言いました。


「それでは、あなたのさわったものが金になるようにしてあげましょう」


「おまちください。すべてのものではなく、食べもの、飲みもの、生きもの、服、ふとんやまくら、紙はのぞいてください」


 もし、この条件が受け入れられたら、王様は生きることに困りません。紙を入れたのは、王様は書類に名前を書く仕事が多いからです。ペンやインクつぼについては、すでに金でできたものを使っているので、これ以上金にはなりません。


 もし、それはダメですとことわられたら、金にする力もことわればよいのです。どうなっても王様は損をしないのだから、まず条件をつけてみればよいと考えたのでした。


「いいでしょう。食べもの、飲みもの、生きもの、服、ふとんやまくら、紙はのぞいて、あなたのさわったものは、すべて金になります」


 そう言うと、天の使いは消えてしまいました。


 悪賢い王様がためしにさわってみると、飲みものや食べものは金になりません。服やふとんや書類や王様の馬車を引く馬にさわっても大丈夫です。ところが、馬車の方は金になってしまいました。金になった馬車は重すぎて馬が引けません。


「しまった、乗りものも外してもらえばよかった」


 王様がつぶやくと、再び天の使いがあらわれました。


「では、乗りものも金にならないようにしましょう」


 そう言って消えてしまったので、王様が別の馬車にさわってみると、今度は金になりません。


 安心した王様は、いろいろと試してみましたが、食べもの、飲みもの、生きもの、服、ふとんやまくら、紙、乗りものと、最初から金であるもの以外はすべて金になりました。


 悪賢い王様は金が好きだったので、身の回りにあるものは最初から金でできたものが多くありましたから、生活にはまったく困らずに済みました。お城も、王様の住むあたりは内側に金箔きんぱくを貼っていたのでお城自体が金になることもありません。


 王様は大いに喜び、身の回りのもので金になると困るもの以外は全部金にしてしまいました。


 そして、別に金をひとりじめしたいとは思わなかったので、家臣が金にしたいと思うものも、全部こころよく金にしてあげました。


 さらに、安い銅貨をたくさん作らせて、それを金にかえて金貨にしてしまったのです。ただし、王様は悪賢くても根は悪い人ではなかったので、この金貨を使って、道路を作ったり、川に堤防を作ったり、市場を建てかえたりするなど、国民のためになることをしました。


 また、いくらでも金貨が作れるので、商人にかける税金を思い切り安くし、農民から納めさせる農作物も少なくして、かわりに金貨で農作物を買い上げることにしました。


 そのうち、その大量の金貨を狙って外国が攻めてこようとしましたが、たくさんの金貨をつかって兵隊をたくさん雇ったので、外国の軍隊は恐れて逃げ帰りました。


 このため、国民の間では王様の人気はとても上がりました。王様は得意になって自慢しました。


「どうだ、わしは頭がいいだろう。誰もなにも困らず、国民は喜び、わしも満足じゃ」


 このように、最初のうちはまったく何の問題もなく、国全体が豊かになったかに見えました。


 ところが、しばらくすると不思議なことが起きました。


 ものの値段がどんどん上がっていくのです。それまで金貨一枚で買えていたものが、金貨二枚出さないと買えなくなり、さらに金貨三枚、金貨四枚とどんどん値上がりしていきました。


 それでも金持ちはなんとか買いものができましたが、貧乏な人は食べものや着るものさえ買えなくなって大変困りました。


 そして、貧乏な人がものを買えなくなったので、ものが売れなくなった商人も困りました。商人が商品や食料を仕入れなくなったので、商品を作る職人や食料を作る農民も困りました。これらの人たちも、ものが売れないので自分たちもお金がなくなり、ものを買えなくなったのです。


 こうした様子を聞いた王様は、貧乏人がものを買えないのは世の中にお金が足りないためだと思いました。そこで、国民に金貨を配ることにしたのです。


 しかし、これは大きな間違いでした。ものの値段が値上がりしたのは、お金が足りないからではなく、逆に余っていたからなのです。


 そもそも、金貨がお金として使われていたのは、金が少なくて貴重だから、ものの価値の基準になっていたからです。その金が、王様の力でどんどん増えて、ぜんぜん貴重ではなくなってしまったので、お金の価値自体が下がってしまったのです。ものが高くなったのは、お金が足りないからではなく、逆にお金が多すぎてお金の価値が下がってしまい、たくさんのお金を出さないとものの価値につり合わなくなったからだったのでした。


 王様のせいでさらに金が増えてしまい、配れば配るほど金貨の価値は下がっていき、ものの値段は上がって、ものが売れなくなりました。


 王様は悪賢い人でしたが、本当に賢くはなかったので、何が悪いのかわかりませんでした。


 ただし、国民もものの値段が上がる理由はわからなかったので、金貨を配る王様の人気は衰えませんでした。


 しかし、国の力はどんどん衰えていき、たくさん雇った兵隊も、もらった金貨ではものが買えないので逃げ出してしまいました。


 やがて、再び外国が攻めて来たときには、まともに戦える兵隊はすこししか残っていなかったので、戦争に負けてしまい、悪賢い王様は首を斬られてしまいました。


 悪賢い王様は、最後まで自分が何を間違えたのかわかりませんでした。


 その少し前のことですが、おとなりの国の金が好きだった王様も、自分の国でものの値段が上がり始めたことに気がついていました。この王様は、前に一度お姫様を金にしてしまうという失敗をしていたので、自分は賢くないと思っていました。そこで、商売上手な商人や頭のよい学者を大勢集めて、なぜものの値段が上がっていくのかを調べさせたのです。商人だけ、学者だけだったら原因に気付かなかったかもしれませんが、商人の経験と学者の智恵を合わせて原因を探ったので、ものの値段が上がっていくのは金が多くなって金貨の価値が下がったからだということがわかりました。そして、金が多くなったのは、悪賢い王様の国から流れてきていることもわかったのです。


 それがわかったときには、悪賢い王様の国はすでに外国との戦争に負けていました。王様は殺されてしまい、一人だけ生き残った王子が逃げてきたのです。


 しかし、悪賢い王様の国を攻め滅ぼした外国も、一度に大量の金を手に入れたために、同じように急激にものの値段が上がり始め、国内が混乱しました。さらに、占領された国では、人気があった王様を殺された上に金まで奪われたので、外国に対して怒りをおぼえる国民が多く、外国の軍隊を追い出して再び独立しようとする抵抗運動が起こりました。


 それを知ったおとなりの国の王様は、逃げてきていた王子と一緒に軍隊を率いて外国の軍隊に戦争をしかけて勝利し、占領された国から追い出してしまいました。


 そして、王子と自分の娘、つまり前に金になってしまったお姫様を結婚させた上で、悪賢い王様の国を復興させました。それから、悪賢い王様が、さわったものを金にする力で作った金貨などを、すべて元の銅貨などに戻させました。以前に失敗したときに、金になったものを元に戻す方法を天の使いから教わっていたからです。


 こうして、金は元のように少なくなったので、金貨の価値は元通りになり、ものの値段は下がりました。


 王様自身は、以前の失敗から自分が賢くないと思っていたので、賢かったのは原因を見つけた商人や学者だと常に言っていました。しかし、この王様のおかげで助かった両方の国の人々は、この王様こそが本当に賢い王様だったと末代まで言い伝えたということです。


 おしまい。

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