第2話 人類と魔族(トウワ)

 幼い頃、まだ勇者と呼ばれる前の僕は、なんの変哲もない少年だった。


 父親は額の汗を拭い、ハンマーを奮う傍ら、僕に鍛冶技術と簡単な武術を仕込んだ。


 この頃は比較的平和な日常が続いていて、父親の仕事量も少なかったのだけれど、徐々に雲行きが怪しくなっていった。


 練習用の剣を振り、疲れてへばっている時、父親は苦々しい顔をして言ったのだった。


「そう遠くない未来に、本物の剣をふるう時が来るかもしれん。本当はそうならないことを願っているんだがな」


 平和とは、日常とは、あっさりと崩れ去ってしまう。


 そんな世界の流れの儚さを、父親は知っていたのかもしれない。


 何度も雨季と乾季は巡り、僕の年齢が十を数えた時、武器をふるう未来が、現実となった。


 人類が踏み入ることの出来ない、サマリに吹きつける凍てつく吹雪を超え、灼熱の業火に守られたギレンをも超えた先、世界の果てヴァリエンの沼から、新たな生命が誕生した。


 百年ほどに渡る過去、かつて勇者と呼ばれる存在が打ち倒した、魔王の再誕。


 プリルームの歴史は、人類と魔族の終わりなき戦いの歴史だった。


 勇者と魔王が誕生し、勝利した陣営が、ほんのひと時の平和と世界の支配権を得る。


 繰り返し、繰り返し、繰り返されたその歴史。


 そんな争いと血みどろの歴史に、また新たな叙事詩がつづられようとしていた。


 わずかな土地とほんのささやかな糧をもって暮らしていた魔族は、王の凱旋に狂気し、その数を爆発的に増やしていった。


 数百年前、人類と魔族との間で、激しい衝突が起き、瘴気にまみれ、エネルギーを失った廃都レアを境に、人類と魔族は二分された。


 人類も魔族も、徐々に進撃の火蓋を落とすべく、戦力の強化を進めていった。


 僕はまだ生まれ故郷ドミカで、流れゆくであろう血の気配に怯えながら、剣を振り続けることしか出来なかった。


 そんなある日、森に仕掛けてある野生動物用の罠に、子供が引っかかっていた。


 浅黒い肌に、鋭く尖った耳。誰が見ても一目瞭然な、魔族としての特徴を備えていた。


 僕は怖くなって、すぐさま父親に報告をしようと考えたけれど、朝を告げるアサメドリ以上に泣き喚く姿を見ていると、放っておけない気分になった。


「大丈夫?」


 魔族の少年は怯えた表情で体を縮こませた。この少年にとってここは敵地で、人間に見つかるということは、死ぬこととそう違いはないのだろう。


 言葉での説得を諦め、敵意はないことを行動で示すため、足に食い込んでいる金属の鉤爪を慎重に外した。


 魔族の少年は抵抗する勇気もなかったのか、罠を外す間、おとなしくしていた。


 まるで雨上がりに架かる虹を見ているような、不思議そうな表情をしている。


「大丈夫?」


 かける言葉が見つからず、通じるのかも不安に思いながら、同じ言葉をかけた。


「ありがとう。であってるのかな?」


 僕はほっとした。


 魔族のことを、得体の知れない化け物みたいな存在だと思っていたけれど、きちんと言葉は通じるらしい。

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