第3話 友達が語る魔王様(トウワ)

 魔族の少年は、リールという名を名乗った。


 トウワと名乗ると「珍しい名前だね」と返された。


 見た目としては僕とさほど変わらない歳だと推測していたけど、年齢は僕の半分以下だった。


 魔族の成長の早さには驚かされたけど、魔王は生まれてから一年ほどしか経っていないのに、言葉を自由に操れて、知識や知恵も大人の魔族を圧倒できるほどに、成長しているらしかった。


 リールを助けて以来、時折ドミカまでお忍びでやってきて、秘密裏に僕たちは遊ぶようになった。


「魔王様は可愛くてすごいんだよ。僕がわからないことも、なんでも知ってるんだ」


 リールとは色んな話をした。魔族の生活についてや、現在の魔族側の動きについてなど、内容は様々だった。


 その中でも特に口にすることが多かったのは、魔王に関する自慢話だった。


 リールは魔王に直接仕えていて、人間たちと戦っている他の魔族よりも、よっぽど魔王について詳しかった。


 魔族が学ぶ教育を一年足らずで極めただとか、腕を一振りするだけで炎を操り、対象を凍らせ、稲妻を走らせるなんて、僕たち人間にとっては恐ろしいと思うような圧倒的な力を、熱く語った。


 そんな話を聞くたびに、僕は恐怖で震え上がってしまったが、そんな時は決まって、魔王に関する日常的な小話も教えてくれるのだった。


 日々力をつけるための修行に勤しむ魔王は、食事の時間もとれず、熱々のスープを勢いよく放り込んで舌を火傷したんだとか。


 炎ですらも自在に操る能力を持っているのに、熱々のスープで火傷してしまうなんて、なんだかおかしかった。


 リールと交流するたびに、魔族に関する知識は増えていって、恐怖心も薄れていった。


 魔族の生活や日常は、考えてみれば、僕たち人類とそう大きな違いなんてないのかもしれない。


 そう思ったのだった。


 リールが魔族や魔王のことについて教えてくれるのに対して、僕がリールに話してあげられることは、あまりなかった。


 田舎暮らしのしがない少年には、リールを満足させてあげられるような話題は、仕入れることが難しかった。


 そんな時、僕は夢の話をリールに語った。


 七日周期で訪れる、奇妙な夢世界の冒険。


 ニホンという国で暮らす僕は、子供に勉強を教えたり、子供と遊んだり、穏やかな暮らしを送っている。


 そこには魔法も魔族もなくて、人間たちが日々機械という無機質な道具を使って生活を営んでいるのだと説明した。


「すごいね。もっと聞きたい」


 リールは刃の輝きよりも眩しい笑顔で話を聞いてくれるので、僕としても語る言葉に熱がこもるのだった。


「そのニホンってところでは、戦いや殺しあったりなんてことはないんだ」

「絶対じゃないけど、今の状況と比べればまだ平和なのかもしれないね」


 現在のプリルームの戦況は、魔族側に勢いがあるらしい。


 絶対的な王である魔王は、表立って人間世界への侵攻を進めてはいないけれど、魔王の存在は魔族全体を奮い立たせていた。


 勇者様はいつ現れるのか。


 人々は誰もが皆、一筋の光が差し込むのを待ち望んでいた。


 そんなある日、父親から首都イキュアーに居を移すとの意向を聞かされた。


 魔族との戦いが激化してきたため、戦力や武器の増強を進めるために、田舎の鍛冶屋でしかない父親にも協力の要請が入ったのだという。


 僕はそのことを心苦しく思いながらも、もうこちらに来るのはやめたほうがいいという思いをリールに告げた。


 人類にとって、首都は最後の砦だから、隠れて会うことを続けるには危険が大きすぎる。


「……わかった。でも、最後にもう一回だけ来てもいいかな? 僕の友達がぜひとも君に会いたいんだって」


 僕は快く了承した。


 翌日になってリールと共にやってきたのは、炎のようにうねり、少しハネた髪型が特徴的な魔族の女の子だった。


 同齢な見た目の女の子と話す機会が少ない僕は、どう話しかけたらいいのかわからなかった。


 それは女の子も同じだったみたいで、リールの背中に隠れながら、野生動物みたいな慎重さで僕の様子をうかがっていた。


 潤んでいる瞳は、濃い紫みを帯びている、鮮やかな青色だった。


「トウワ、話をしてあげてよ。きっと恥ずかしがってるだけだからさ」


 僕は困ってしまって、右手で耳の裏あたりをかき乱した。


 魔族の女の子は、リールを隠れ蓑にしながらもじっとこちらを見つめていた。


 逃げ場を失った僕は、自己紹介から始めることにした。


「えっと……初めまして、僕はトウワって言うんだ……君の名前は?」

「……メーリル」


 なんとなく、可愛らしい名前だなと思った。


 ともあれ、最初の対話は果たせたけど、次はどんな話題を出すべきだろうか。


 迷っていると、メーリルは相変わらず恥ずかしそうに目を伏せながらも、先ほどよりハッキリとした口調で言った。


「トウワ……ニホンって国のこと……私にも教えて?」

「喜んで」


 僕は思いつく限り様々な出来事をメーリルに話した。


 四季というニホンの旋律、色んな種類の料理、混在する国や人々、呑気な娯楽。なんせ夢の中の話なので、思い出せないことも多かったけど、時間が許す限り話した。


 メーリルは時折、光返す川面のように瞳を煌めかせたり、背高い穂のように揺れたり、控えめに声を出して笑った。


 僕が話した内容に反応を返してくれることがとても嬉しくて、話はどんどん湧きでてきた。


 夢中で話し続けるうちに、辺りはとうとう暗くなってきた。


 そろそろ帰らないと、両親に心配をかけてしまう。


 けれど、少しだけためらってしまう。


 ここで別れるということは。


 もしかしたら、永遠の別れになってしまうかもしれないから。


「……ニホンってところに、行ってみたいな。そうすれば私たちは争わなくていいかもしれないのに」


 呟かれたメーリルの願いに、胸を打たれた。


 僕だってそう思う。口には出さないけど、リールだって同じ気持ちを持っているはずなのに。


「そろそろ戻らなきゃね。今までありがとうトウワ。またね」


 さよならじゃなくて、またねと言うリール。


 決定的な断絶を前にしてもなお、また会おうという願いを、リールは口にした。


 僕も応えた。


「またね。リール、メーリル」


「……またね……トウワ」


 種族の差を抱えながらも、わかりあえたかもしれなかった僕たちは、こうして道を分かつこととなった。


 程なくして、僕たちは首都イキュアーに移り住み忙しい日々を送った。


 争いが更なる展開をみせるにつれて、忙しさは増していった。


 ニホンという世界にいる僕も忙しい日々を送っていたけれど、命のやり取りの伴わない世界での出来事は、心地の良いものだった。


 けれども、所詮は夢の中の出来事で、現実の僕は父親を手伝って武器を作り、作られた武器は時に人類も魔族も区別せず、平等に命を奪っていくのだった。


 僕が十五歳となった時、ついに神託がくだり、人類の希望となる勇者の誕生が世に知らされた。


 唐突に、僕にとってはとても唐突に。


 勇者としての責務を、背負わされることとなった。


 勇者を讃える人々の賛美歌を。


 僕はまるで、呪詛のように感じた。

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