第2話 縄張り争い

勢いで2話目を書いてしまおう。

小説なんて書いたことはないが、忘備録程度にしておこう。

昔のことを今書いているから忘備録にはならないのかも知れないけど。


昔、視えたものが今は視えない。

あったものがなくなる時は必ず来るのだと思う。

記憶もきっと、今日覚えていても、忘れる日が来る。


ー縄張り争いー


私の昔棲んでいた土地には、古い商店街が二つあり、

駅を挟んで、北側と南側に分かれていた。

自治会も違うそうだ。

北側と南側をつなぐのは3つの踏切で、

駅の両端に2つと、離れたところに1つ。

駅と離れた踏切は、マンションのすぐ近くだった。


昔、その踏切の近くで学校の帰り道に話しかけられたことがあった。

中年のおばさんに、道がわからないから教えてと言われた。

この辺りは、古くから住んでいる人ばかりなので珍しかったが、

言われた住所に案内した。

案内し、お礼を言われ去ろうとした際に、突然、手と腕を握られ、

こんなに優しい子なら神様に見せなきゃいけないと言われた。

私は、強張りながら、私の家はそこのマンションだと伝え、早く帰らなければ、

母が心配するとはっきりと言って、放してもらった。

帰っても祖父母の家に行くのだから、母はいないのだが、

それで諦めてくれたのだから運がよかった。

おばさんは次の日もそこにいた。

その踏切はそういうおばさんや、ふらふらと歩くおじいさんがよくいる踏切だった。


商店街の話に戻ろう。

商店街はそれぞれ独立していたため、お店のかぶりがあった。

八百屋が2つあったり、美容室が3つあったり、スーパーが2つあったり、

しかし、消費者的には正直どっちでもいい、まあ安いほうが嬉しいが、

なぜか、高級なこだわったお店と安さ重視のお店で商店街も分かれていたように感じる。

祖母は高級なスーパーに買い物にいき、母は安いスーパーに買い物に行った。

年齢差もあったように感じる。

余談だが、

高級スーパーの2階には、生活用品売り場と本屋があり、向かいには銀行、

安いスーパーの2階には百円均一があり、向かいには駄菓子屋があった。

ただ時が経ち、自然と住み分けが出来ているようだが、昔はそうではなかったらしい。


戦争が終わり、土地を開発しなおす際に、電車も通り栄え始め、

昔からの店に加えて、新しい店も出来てきた。

その時に、ある店の被りが起こった。

肉屋だ。

商店街は同じではなく、北と南で別れる形だったそうだが、

戦後当時は皆、お金もなく、価格競争が起こった。


その戦いに勝ったのは、新しい肉屋だった。

それに、昔からの馴染みというのはあるだろうが、電車が通ったことで新しい人々もやってきた。

新しい人たちは新しいところに行くし、

古くからいた人は新しく来た人を遠ざける風潮があるように思う。

今までの生活に新しい人を行くのは、入るほうも入れるほうも中々苦労する。

そう考えたら、楽な方に流れてしまうだろう。

古くからある肉屋は劣勢だった。


難しい話は分からないが、経済的には競争相手がいたほうがいいのだろう。

お互い切磋琢磨しあって、強味を見出していく。

今の商店街がまさにそれだろう、高齢化は深刻らしいが、

今は学生と町おこしもしているらしい。


でも、戦後、皆が苦しい時代にそんなことが考えられただろうか。

皆、だんだんと古い肉屋には行かなくなっていった。

古くからある肉屋にも矜持があっただろう。

戦時中、苦しいときを一緒に乗り越えたお客さんが戻ってきてくれる。

今はただ、新しいもの見たさで行ってるだけ。

きっと戻ってきてくれる。

確かに、そうやってずっと待っていたら、戻ってきてくれる人もいたかも知れない。


だが、待てなかった。


祖父が朝、音を聞いた。何かの雄たけびのようだった。

気になって行ってみると、踏切に人だかりが出来ていた。

何がいるのかわからなかった、いのししの類かとも思った。

みんなで追い出そうとしているのだろうか。

その声は時おり甲高くなった。

その音の緩急や、高低差、時折聞こえる言葉のようなもの、

次第に人の声だということが分かった。


「あいつが出ていくまでここをどかない」

「今すぐ出ていけ」


踏切の中心にいたのは、肉屋の奥さんだった。

そんなようなことを半狂乱になりながら言っているようだ。

肉切り包丁を手に、踏切の真ん中で叫び続ける奥さん。


「でていけでていけ」


まるで人の声ではないようだった。

獣の声だった。


「でていけ」

「でていくまでここにいる」


叫び続ける奥さん。

商店街の仲間は北南関係なく、踏切をまたいで両方からそれを見ていた。

ただ、見ていた。

皆、知っていたのだ。

もう、あのお店はだめだと、

そして、同じ商売仲間として苦しさも知っていたから、手が出せなかった。

みんな、苦しかったのだ。


包丁を振り回すでもなく、自分の命で、戦う奥さん。

やがて電車が来た。

誰も、電車に知らせなかった。

当時、どのように非常時に知らせるすべがあったのかわからないが、

わかっているのは、誰も電車に知らせなかったことだけだ。


この話を私は誰から聞いたのか覚えていない。

祖母だったか叔父だったか。

踏切をみていたあの時、

びっくりしてしまって、唖然として動けなかった人もいたと思う。

でも、そうでない人もいたのではないだろうか。

奥さんが轢かれる瞬間を見届けたようと、自分の意志で思った人がいたのではないか。


現在は、2つの商店街を合わせて1つだけ肉屋がある。

そして、商店街の肉屋の子供は私と同じ学校に通っていた。

その肉屋は評判がよく、肉屋だけでなく店舗の2階には定食屋ができた。

自慢の肉を使ったカツが人気のお店だ。

同級生からの評判もいい。

私の祖父母は一度もその定食屋には行かなかった。

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