第3話 虫と棲む

やっと、住んでいた家の話をしようと思う。

でも家を思い出しても、不可解な現象は多くあれど、

不思議と怖かった話がすぐには出てこない。

古い家屋のため、虫は多かったが、あの頃は怖くなかった。

今は、虫の存在を感じるといきなり動きが俊敏になれる。

そのことに関して、友人が笑いすぎて呼吸困難に陥った。

私が普段、動きがもったりしているからだろう。失礼な話だ。

突然だが私には兄がいる。

兄は人並みに幽霊も信じるが、それより、私を脅かす方が優先度が高かったようだ。

そんな兄の話をしようと思う。


ー虫と棲むー


虫は私たちより先に家に棲み、巣としていたのだろうから、

私たちが引っ越してきたあの日、大きな百足が出迎えてくれたのは、挨拶だったのかもしれない。


しかし、そんなことはつゆしらず、私と母は家に出る虫を見かけたら殺した。

そして兄は殺せなかった。

見かけたら見逃すか、外に逃がすか、どちらかだった思う。

黒いGに関してはさすがに母に報告していたが、他は記憶にない。

ありの巣はつぶしていたかも知れない。


兄は優しく、家から逃げたインコを一晩中外で探したり、

学校でもらった、鶏卵がかわいそうで食べられなかったりした。

一度、烏を拾ってきたときは驚いた。

こう書くと鳥好きのようだが、猫にもモテた。


兄は優しかったが、祖父母とは気が合わなかった。

引っ越してきた当初は私とともに祖父母宅に預けられていたが、

早々に追い出された。

「もう大きいから、うちで見なくてもいいでしょう」

祖父母のこの宣言まで、毎日3~5時間怒られていたから、よく耐えたと思う。

兄がいなくなった後、このお説教は私に引き継がれた。

「お兄さんのようになったらいけません」

「お兄さんのようになったら面倒見れません」


兄は鍵っ子となり、あの古い家に一人で帰るようになった。

毎日、ゲームで遊んでいた。

私はそれがうらやましくてたまらなかった。

だが、家の不満はすべて兄に集まっているような気がした。

父や母は自分のイライラをすべて兄のせいにしている気がした。

「あいつが馬鹿なのはお前のせいだ」

「あなたがそんなんだから、私が責められる」

そして、私は兄を盾にしていた。


兄の成績は落ち、次第にひきこもるようになっていった。

古い家には大きな納戸があり、はじめ2階の大きな部屋にいた兄は

父の指示で納戸が部屋になった。

家の一番奥で、壁が薄く、じめじめしていた。


兄はそこで自分の城を築き、暮らし始めた。

別にその部屋に誰か入れてはいけない訳ではなく、出入りは自由だった。

城というほど立派じゃないので巣と言いたいところで、

秘密基地のようで私は、そこが大好きだった。

しかし、虫が多いのだ。

兄は虫が怖いわけではない、殺したくないらしい。


事件が起こった。

部屋が変わったその日に、兄の部屋にタランチュラが出たのだ。

いや、正確にはタランチュラではないのだろうが、見た目がもうタランチュラだった。

さすがの兄も怖がり、母に毒蜘蛛いると言った。

母は既読無視した。

その時代ラインはないのだが、

「あっそう、掃除機で吸ったら」くらいのks返答だった。

私は怖くて近づかなかったが、兄はその数分後、殺すでもなく、あっさりと蜘蛛との同居を決めた。

理由は「なんか動かないから」らしい。

そして、私を部屋に閉じ込めたりした。

部屋替えの時、悲しい顔をした兄は今はもう笑顔だった。

でも、そんなこと今されたら訴訟を起こす。


また、ある日違う事件が起こった。

兄の成績が悪く、和室で正座して母と兄が向かいあい、話し合いを始めた。

その和室は百足がいた和室である。

私はそれを、隣の部屋で本を読むふりをしながら、見ていた。

話し合いは長引き、長い時が流れた。

基本母がしゃべり、兄が小さく、返事をする。

長い沈黙、鼻をすする音。

ふと、気づいたのだ。

母の後ろに何かいる、凄くゆっくり動いてる。

私は、確かめるために和室に入った。

母が「あっち行ってなさい」と厳しく言った、兄は目が真っ赤だった。

気にせず近寄ると、それはでかい毛虫だった。

え、どこから?いつから?

もう母と毛虫の距離は30cmもない。

毛虫にしてはすごいスニーキングスキルである。

母に毛虫のことを伝えると、話し合いはうやむやになり、

兄は毛虫を逃がした。

偶然かもしれないが、毛虫は兄の事を助けたのだと思う。


最後の事件だ。

兄は体調が悪く、夜まで寝ていた。

夕飯も食べれないとのことなので、母と二人で夕飯を食べていた。

突然、兄がすごい形相で部屋から出てきた。

「でかいの、もぞもぞ動く、でかいのが落ちてきた」

語彙力のなさ。それは私もか。

「でかい、でかい」

興奮している。

「もう部屋戻れない」

ひきこもりにあるまじき言動である。

「早く見て」

「今、御飯中だから」母のks回答

「お兄ちゃん、ご飯食べる?」私もks返答

「食べる」

あ、そうですか、食べますか。

よかった、よかった。


実は、この数日前、母と兄は大喧嘩をした。

「そんなに俺が悪いなら、俺が死ねばいいんだろう」

兄は何度もそういった。

「何であなたが死ななきゃいけないの、だったら私が死ぬ」

母も何度もそういい返した。


あの家の虫はみんな兄のことが好きだったと思う。

肌質も関係あるが、引っ越し初夜から私たちは虫に刺されたりかまれたりしたのに、

兄は何ともなかった。

あの晩も、きっと虫の親分が兄を励ましに行ったのだろう。

「元気出せ」

すごいファンタジー脳だが、あの家ならありうるんじゃないだろうか?

怖くもなんともない話だが、結局何が落ちてきたのかわからない。

兄の見間違えかもしれない。

でも、あんなに虫に好かれてる兄、虫姫ならぬ虫皇子なら、

そんなことがあってもいいかもしれない。

私が知ってるだけでも、3度も虫に救われた兄の話だ。


私たちが引っ越してすぐ、その家はつぶされた。

跡地には家が6棟建った。

ぎちぎちに建てられた家の中には、井戸の上にも建ってる気がする。

また、それは別の話だし、怖い話もしたいと思う。

はたから見れば、お化け屋敷だけど、住んでいる人たちは意外に楽しいのかも知れない。

いまは、もう住めないけれども。

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