"穴蔵" レム


 北の前線、最大国。セリマージュ王国第四王子――アルムアンセ・クルフ・セリマージュ。

 西の前線、代表国。セキネン帝国外務大臣――ルキネス・マルコフ。

 そして、中央諸国の中枢国。大リーフェン王国国王――テグレトル・リーフェン。


 三つの大国の要人が集った空間には、ピリピリとした空気が張りつめていた。

 彼らがここに集ったのは他でもない。重大な"予言"が行われる為だ。


 バンッ、とこの部屋――大リーフェン王国王宮の一室――の扉が乱暴に開かれる。守衛の騎士が眉を顰めたが、その扉を開けた人物に射竦められた。

 女児と言って差し支えないほど幼い身体に、手入れも碌にされてなさそうなセミロングの髪。無理矢理着せられた正装のローブは、裾を大きく引きずっている。そのような風貌でありながら、眼光は鋭い。


 "穴蔵"の魔女、レム。大いなる魔術師・マーレの弟子にして、世界を識る者、天変の予言者。「世界の深層を覗き見て知った」とも言われる彼女の予言に間違いはなく、或いは予言の通りになるよう世界が動かされているかのようにも見える。

 故に、久方ぶりに行われたこのの招集の意味は、常人には計り知れないほど大きい。



「ようこそお越しくださいました、レム殿」


「そういう堅苦しいのは苦手だ、テグレトル。ついで言うと、そんな礼節を弁えてる余裕は無さそうだぞ」


「……わかりました」


 大リーフェン王国の――即ち最も権威ある国家の、頂点たる国王を呼び捨てにした。そして、国王はそれを咎めるばかりか、少女のようにしか見えない彼女の言葉に従った。 その事に守衛はもちろん、アルムアンセとルキネスも目を剥く。


 魔女というものは、しばしば人の寿命を超える。"穴蔵"のレムもまた、そのうちの一人であり、故に、彼女は王子であった頃のテグレトルと"遊んでやった"ことがあるのだった。


「はじめまして、ミス・レム。私はセリマージュ王国――」


「自己紹介はいらん。本題に入るぞ」


 アルムアンセの言葉を遮った彼女の眉間には、皺が寄っていた。





◇◆◇◆◇





 大リーフェン王国の外れ、とある山の麓。そこにある穴蔵が、大いなる魔術師・マーレの工房であった。


 ここにある全てが、マーレの教えだ。


 ここにある全てが、マーレの遺産だ。


 そう胸に刻んで、レムは己の術を磨いてきた。亡き師に報いる為に、彼女は穴蔵に籠った。マーレこそが彼女の全てであり、その死は彼女を抜け殻にした。その抜け殻を満たす為に、彼女は研鑽を重ねた。


 如何様にも言えよう。だが、その行いの先に、"穴蔵"のレムは神にも届かんとする程の『知』を手にした。そして、極まった『知』が導き出すのは、知り得ぬ筈の未来である。


 悲しきかな、その未来予知が導き出したのは、師が希望を見た世界の終わりであった。


 検証を繰り返した。

 「この美しい光景を守りたい」と言った師の為に。


 反証を探した。

 「辛いことがあっても、やっぱり私は、この世界を愛しているよ」と言った師の為に。


 しかし、その結論は変わらない。どうやら世界に未来は無く、そう遠くないうちに終わりを迎えなければならないらしい。


 見えた未来は、避け得ぬ破滅。天災の域を超えた世界の終末。あらゆる命が消えた大地。故に、最早、立てられる策もなし。





◇◆◇◆◇





「訪れるのは、"終わり"だ。"終末"が襲ってくる。この世の全ては"終息"に向かう。"終わり"の悪魔が地上を焼き尽くし、空を暗転させ、破壊の限りを尽くす。その後にはヒトも魔物も生きてられない」


「ははっ……まさか、冗談でしょう、ミス・レム」


 平和とは言わずとも、何の予兆も見えぬ昨今。そんなことは老婆の夢想にすぎぬと一蹴もできよう。一蹴したい。そう思い口にしたのは若い王子だ。


「そう笑っていられるのかな、王子。つい先日、北の前線で一国が崩壊したとの報せを聞いたが?」


「やだな、ルキネス大臣。それと何の関係があるんだい。クーデターが起きたからでしょう、それは。世界の破滅なんかとは無縁だ」


「こちらもこの間、侵攻作戦を行なったのだがね……ユキの勢力では使われたことのなかった屍竜が現れた。彼方側の内情も、穏やかではないのだろうな。これも、無縁と言えば無縁なのかもしれないが」


 どうも、そうはいかないのだろう? という意味を込めたルキネスの視線に、レムは「さあな」とだけ返す。


「……して、それに関して、できることはあるのかね?」


 それを問うたのはテグレトル。過去、予言された天災へは、対処ができたと記録があるのだ。今回も、最悪を避ける術はあるかもしれない。そう思ってのことだったが――


「ないね。ない。あったら真っ先に言ってる」


 その希望は途絶えた。レムとて、それは悔しいことなのだろう、その表情は厳しい。


「だが、そうだな――一つだけ、希望があるとするならば」


 彼女の言葉に、その場にいる全員の視線が集まる。

 言うか言うまいかの逡巡。それは願うばかりの選択であり、大凡希望というのも憚られるようなもの。しかし、その一点に賭ける他に、出来得ることはないと彼女は見た。師の為の研鑽の先に得た結論が、このようなものであることは歯痒いばかりである。






「――――悪魔を斃す、勇者がいれば、或いは」

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