"破壊工作" ネレン・シーカー

 カルデリース公国。

 セリマージュ王家の血族・カルデル公爵家が治める、後方地域の小国。


 それが一夜にして崩壊した、という報せはその日、驚愕と共に駆け巡った。


 なんの前触れもなく起きた突然の武装蜂起。万全の体制で対峙する騎士団。一触即発の中、引かれた小さな引き金。

 ――あまりに出来すぎた、最期の三時間。


 まさか誰も思うまい。それが、かの組織の思惑によって起きたことだなどと。

 まさか、誰が想像できようか。それを行なったのが、唯の一人のみであるだなどと。


 人に囲まれる城の地下、最早注意を向ける者のいなくなったそこに、その男はいた。



「初見殺しでハメ殺し、これ以上に作者冥利に尽きるものはないねぇ、ヒヒヒヒ」



 目元まで降りた、癖のある髪の毛。隠された鋭い目つきの三白眼。ヒヒヒと嗤うにやけた口元。その身を覆う細身の外套は、フードに閉じた瞳が描かれている。


 男のいるその部屋は、ある種の倉庫であった。明かりを灯せば、黄金色の反射光が妖しく輝く。そうでないならば、そこにあるのは骨董か芸術、或いは、の数々。

 ここは、カルデル公爵家の贅と享楽が詰めこまれた宝物庫である。


 しかし男は、それらに目をくれることはなかった。部屋の奥に置かれた、一つの台座。その上にあるものこそが彼の目的であり、そして城の外にある惨状は、この為に用意されたものだった。


「リネンの輝石、確保完了、と。全く、戸締りもできてないようじゃあ、空き巣に入られて仕方ないやね、ヒヒヒヒ」


 男は光り輝くそれを手に取り、外套の中に仕舞う。一通りの仕掛けをした後に、彼はこの国から姿を消した。




 ……翌朝、太陽が照らし出したカルデリース城は、まるで基礎から爆破されたかのように半分以上が崩れ落ちていた。





◆◇◆◇◆





 アイン教団。

 秘密結社。カルト宗教。冒涜者達。様々な憶測で以ってして語られる、閉じた瞳を印章にした組織。

 確かに彼らは存在する。だが、その目的は知られていない。多人数による集会も行われていない。故に、誰にも気付かれず、密かに事を成すことができる。

 例えば、"魅惑の瞳"で辺境の貴族を堕とし資金を得たり。例えば、帝国の一都市を隠れ蓑にしたり。例えば、一つのモノを盗むために国を滅ぼしたり。




 ――ネレン・シーカーはアイン教団の一員である。


 小さい頃から、ネレンはいたずら好きだった。そこかしこに罠を仕掛けては、それにかかる人を見て笑うのが楽しみだった。


 そして、それを止める者はいなかった。


 捨て子だった彼はスラムで育てられた。『お節介のシーカー爺さんが遂には赤子を拾ったぞ』などとその当時は言われていたが、彼にその記憶はない。ただ、育ての親が何故スラムにいるのか、誰も知らなかったことは覚えている。

 シーカー爺さんは彼のいたずらを止めなかった。むしろ褒めたのだ。「こんな仕掛けを作れるなんてすごいな、よく考えたな」と。


 ネレンはメキメキといたずらの技術を上げていった。ただそこに仕掛けるだけでは飽き足らず、人の動きを誘導して必ず罠にかかるようにし始めた。そして、誘導の範囲は拡大されていく。気が付けば、彼のいたずらはいたずらの範疇を超えていた。


 故に、それは"破壊工作"と呼ばれた。

 彼は故郷であるスラム街を出る際、スラムを消し去る"仕掛け"をしていた。これによって、彼をよく知る者はいなくなったのだった。


 ネレン・シーカーが何故アイン教団に身を置いているのか。それは誰も知らない。知りようもない。教団内部の横の繋がりは薄いのだ。





◆◇◆◇◆





 交易都市レインセル。その路地裏の影の中へ、一人の少女が駆け寄っていった。



「終わったか」


「はい、お待たせしてすみません」


「いや、いい。未練を断つのは……大事なことだ」


「……」



 生咲きさき美音里みどりは、この青年を不思議だと思っている。

 基本的に無口で無表情、無愛想。だけども、何かの罠を考えている時は、とても楽しそうな笑みを浮かべるのだ。しかしそれも、結果を見届けたらフッと失われる。

 その時、美音里は思うのだ。この人にとって、本当に楽しいことはこれなのだろうか、と。


「ほいよ」


「え、えっと……?」


 彼の顔を眺めていたら、頬に当たるような形で何かを差し出された。大凡円筒形のものだ。


「飲みモン、やるよ」


「あ、ありがとうございます」


 ……全く。


 この人は、本当に無愛想だ。誰かを罠に嵌めること以外で、笑顔を見せたことは一度もない。

 なのにどうしてか、不意に優しさを見せる時がある。顔も、所作も、普段通りのままで。その内心は、美音里には計り知れない。



 故に、彼女はネレンの下に従くことを希望した。

 他の教団員から、『奴は部下を取らない』と言われていたが、そうはならなかったのだ。多くの人たちはそれに驚き、その意図を問うた。だが、それに確かな回答がされたことはない。結局のところ、美音里にすらわからないままだ。


 だが、美音里は彼に惹かれていた。彼のことを、もっと知りたいと思ったのだ。そしてそれは、今も同じだ。



「行くぞ」


「んっ……、はい!」


 自分で飲み物を渡しておいて、人が飲んでいる最中に行かなくてもいいのに。やっぱり、優しさという訳じゃないのかもしれない。


 そうして、一人の青年と一人の少女は、街の暗がりに消えていった。

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