"狂戦士" ペレ=セペン・ミニュール

 その日、村が一つ、死滅した。


 食卓は鉄の匂いに包まれた。壁紙は赤く染まり、最早人の声は聞こえない。転がる死体に、心臓は残っていなかった。


「これは……一体、なにが……」


 ジョン・レックスは記者である。彼は取材出張の帰り、宿場としてこの村を訪れた。そして、それが彼の人生の最期を呼ぶことになるとは、誰が想像できたであろうか。


「アア……」


「ッ!! だ、誰だ!?」


 誰か、恐らくは女性の、唸るような声が背後から聞こえ、飛び跳ねて振り返る。


「うふふ、新しいのが見つかったわね」


「アアッ!」


 そこにいたのは二人。

 一人は、黒いドレスに妖艶な空気を纏った妙齢の美女。だがもう一人は明らかに異質な存在であった。


 真っ白い肌、真っ白い髪、真っ白い鎧。両目は覆われ、透けて見えそうもない。その白さ故に、余計に目立ってしまうのが赤黒い痕、シミ……言うまでもなかろう、血痕だ。


「な、なんなんだお前らは!?」


「そうね……私は私よ、それだけ。でも、この子のことは、もしかしたら聞いたことがあるかもしれないわね」


 そう言って黒い女は、白い髪を撫でる。その様子は、ただそれだけで背徳的な何かを思わせた。


「有、名人……なのか?」


 記憶を探る。

 全身白尽くめの人物……? 心当たりがない。目隠しを付けているとなれば尚更だ。ならば、単に現在行方不明の人物ならば……?


「ウウ、」


「ええ、そうね、待ちきれないわね。それじゃあ、やっちゃっていいわよ、ペレ」


 ペレ……珍しい名前だ。ペレ、ペレ、ペレ………その名前が当てはまる人物は一人しか知らない。

 かつてセリマージュ王国で武勇を誇った若き女戦士。2年前に忽然と姿を消し、何度も捜索が行われたが塵ほどの足取りも掴めなかった"強戦士"。


「まさか、ペレ=セペンか!!」


 だが、それに気が付いたことに意味などなかった。むしろそんなことに頭を悩ませる前に、逃げ出すべきだったのだ。


 次の瞬間には、目の前に血に濡れた手甲が現れ、ジョンの意識はそこで途絶えた。






◆◇◆◇◆





 ペレ=セペン・ミニュールは、彗星の如く現れた、正しく英雄であった。


 10にしてセリマージュ王国騎士団に入団、訓練の中でメキメキと頭角を現し、13にして小隊を任された。その武勇は歴戦の騎士ですら追い抜こうとする勢いで、その名前はあっという間に国内外へと広まっていった。

 長らくの間、天災と言われ恐れられた紅蓮の竜を彼女の小隊が打ち倒した頃。強き女、強き者、強き戦士――"戦士"の二つ名で呼ばれ始めた。



 記録に残る、彼女の最後の戦いは第二次カランガ防衛戦だ。年齢にして15、およそ2年前、王国北部の港町に魔将軍・ナグラが再度攻めてきた時のことである。


「貴様が"強戦士"とやらか」


 黒の鎧兜、威圧的な体格に、太く鞭打つ竜の尾。禍々しい剣が魔将軍の証明。ペレ=セペンの前に立つ、この者こそがナグラである。


「気が付いたら、そう呼ばれるようになっていてね。なら、私がお目当で?」


 片目を瞑り、投げキッスでナグラを煽るペレ。艶やかな黒い髪が動きに合わせて揺れる。仕草としては扇情的なものであるが、体格及び年齢はそれに見合っていない。


「カッハッハ、ンなわけあるか。出来れば来て欲しくなかったものだがね。私は単に、ここの港を求めに来ただけよ」


「なんでわざわざ、港を奪いに来る必要がある?」


「南下政策……と言っても通じんか、の者には。最早、それを問う意味もあるまい」


 剣を抜き、構える。剥き出しの殺意を発し叩きつける。言葉を交わすことは時間の無駄であり、そして戦意を削ぐ行為であると、闘争を求める声が告げた。


「……ご尤も。なら、それに付ける言葉も無用。死合いましょうか」


「魔将軍、"古竜の血脈"のナグラ、貴様を殺し、前へ進もう!」




 交わされる剣戟、打たれる尾と拳。戦場の奥地、二者の一騎討ちを、離れた場所から見ている者がいた。


「嗚呼、いいわ、いいわぁ……強い、強いのね、アナタ。強い子は、好きよ、私。だから、好きなものは……欲しくなっちゃう。欲しいものは……どうやって、手に入れようかしらね」





◆◇◆◇◆





「あら、お帰りなさい。遅かったのね……待ちきれなくて、もう終わらせてしまったわ」


「……ッ!?」


 我が家へと帰ったペレは、言葉を失った。目を見開き固まる他なかった。


 父の喉は切り裂かれていた。母の腕はありえない角度に曲がっていた。両親は胸部を裂かれ、その血で部屋一面を赤黒く染め上げていた。


 身寄りのない自分を拾ってくれた父。騎士を目指しだした自分を支えてくれた母。血は繋がっていなくとも、大切な、かけがえのない家族。

 それが、惨たらしい状態で、目の前に死体となって倒れている。


 犯人は明確だ。部屋の中心に立つ、この女だ。

 何故だ。何故、こんなことをしたのだ、こいつは。何が目的だ。一体何がしたいんだ。両親を襲う必要があったのか。まさか、余興で殺したのか?


 ――わからない。

 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないッ!!


「ああ、」


「あら?」


「うわああああああアアアアッッッッ!!!!!」


 気が付けば……いや、気が付く間もなかったかもしれない。ペレは女に飛びかかっていた。

 殺さねばならない。仇を討たなければならない。何を戸惑う必要があろうか。両親を殺した女を殺す。女の目的など知ったことではないではないか。


「そう、それよ」


「ぐっ!?」


 手が届く、その直前。女と目が合った、その瞬間。

 全身が硬直した。動かなくなった。殺すべき者がすぐそこにいるのに、手にかけることができない。あと一歩なのに殺せない。一体、どういう……


「うふふ」


 女は笑う。なにが可笑しいのか。


「私はね」


 女の手が頬を撫でる。親を殺したその手で。


「アナタが、欲しいの」


「……っ、……ッ!」


 女が優しく抱擁する。返り血を浴びたその身体で。

 上げようとした声は出ない。恐怖と怒りが綯い交ぜになって胸の奥で暴れだす。


「私は、"蜜月"。心を奪う、力があるの」


 視界が黒く染まっていく。心が頭を締め付ける。髪は根から色が失われていき、苦しみは喉を強張らせる。


「ア、アア……ッ!!」


 殺さなければ。殺さなければ殺さなければ殺さなければ殺さなければ!!

 誰を?……父を、母を、私を愛してくれた人達を、殺した誰かだ。それを、殺さなければならない。殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せッ!!


「私、強い子は好きよ。だから、愛してるわ、ペレ」


 愛してくれる人を、守らなければならない。愛してくれる人の敵を、殺さなければならない。


 ――私を愛してくれるのならば、貴女に代わって、何者をも殺してみせよう。


「アア……アアッ!!」



 そうしてこの日、心優しき夫婦は亡くなり、き戦士はい、姿を消した。

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