ヘレナ


 翌日の早朝。ヘーゼンとサンドバルは朝ご飯を食べ、5人の奴隷とともに出て行った。『今日は遅くなるかもしれないから』と言い残していたが、一生帰って来ないでくれと切に願った。


 ヘレナはその足で、職場へと向かった。


 中央ギルドの受付業務。彼女が普段行っている表の仕事である。


「はぁ……」


 あんなに嫌いだった職場が、今では唯一の心の拠り所だなんて。とは言え、もう自分は奴隷だ。ヘーゼンに言われた通り、高額な仕事の依頼をプールしておかなくてはいけない。


 すぐに仕事を開始した。ヘレナは依頼内容を次々と確認し、把握する。長年のキャリアを積み上げてきて他の同僚からの信任は厚いと自負している。


「はぁ……はぁ……」


 ほぼ専任で業務を行うことで、自分のすることについて他人には口出しができないような聖域サンクチュアリを構築してきた。


 断固として自分の領分を主張して、『自分はこの仕事しません』、『それ以外はやりません』というスタンスを、周囲に何と言われようと主張してきた。


 そんな日々の努力(不正)を、悪魔のために使う羽目になるとは夢にも思わなかったが。


「おいおい、ヘレナ。いつになく元気がないなぁ。スマイルだよ、ス・マ・イ・ル」

「……」


 そんな中、同僚のマンブーというクソデブが陽気に話しかけてくる。こいつは、身のほど知らずにも自分を口説こうとしてくる。


 ヘレナとしては、空気の読めない者が声をかけてくるのが大変にウザい。


「どうした? 何か悩みでもあるのかい? 俺でよければ力になるよ、ハニー」

「……」


 カッコつけて声をかけてくるブサイクな同僚、マンブーを無視する。悩みならある。いや、あり過ぎて、もはやないのだが、このクソクズのマンブーに解決できるレベルではない。


「んだよ……今日も相変わらず機嫌が悪いな」

「……ねえ、今、何て言った?」


 思わずヘレナは立ち上がり、マンブーに真っ直ぐ対峙する。こいつは、無能なクソデブだ。


「ひっ……」

「話しかけるなクソが。こっちは、お前みたいなヤツと話す時間、1秒だって惜しいのよ!」


 イライラが止まらない。止まらないのだ。なんで、自分がこんな目に遭わないといけないのだ。昨日まで見えていた光景とは明らかに違う。


「な、なんだよ。なんでそんなにイラついてるんだよ。『俺でよかったら力になる』って言ってるだけだろ」

「……っ」


 なんで、こいつの顔面偏差値で、こんな男前なことを。ヘレナは思わず涙が出てきた。なんなんだ。なんでコイツは、こんなにブサイクなんだ。


 コイツの顔がカッコよければ……いや、少なくとも平均よりチョイ下くらいならば、迷わずに胸に飛び込んで行ったのに。


「……ヒック」


 思えば、恋人を作ることに対し、顔面を重視し続けた結果が、これなのではないか。性格などニの次。顔面がいい男にばかり貢いできたから、こんなことになってしまったのではないか。


 悪事ばかり働いてきた日々。奴隷ギルドに奴隷を売ったお金で、夜の店に入り浸ってイケメンと豪遊。果ては、サンドバルという奴隷ギルド商と寝たことから、このような悲劇が始まった。


「ヒック……ヒック……」


 でも、もはや今は奴隷。もはやできることは、ヘーゼンという悪魔の撲滅を、神に願うことしかできない。


 もう、イケメンと豪遊していた日々は戻らないのだから。


「な、なんだよ。そんなに俺の言葉に感動したのか?」

「……ヒック……ヒック。うええええっ」

「心配すんなよ。俺がいっから」


 勘違いするブサイクに抱き寄せられようとしている。ムカつくが、胸が温かい。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ……自分の夢など慎ましいものだった。


 いつか、イケメンの男を捕まえて結婚する。子どもは2人。そして、温かい家庭を築いて、幸せな日々を……





















「義母さん、ちょっと早く終わったから来たよー」

「……っ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る