息子


           *


「ただいま」

「……っ」


 ヘレナは唖然とした。ヘーゼン、サンドバルに続き、ゾロゾロと屈強な男たちが入ってくる。彼らは、この世の全てを置いてきたような、壮絶な表情をしていた。


「君は、ベッド下。で、君は左のクローゼット。君は右のクローゼット。あとは、ベランダに2人。そこが寝床だから」

「……っ」


 隙間。家の隙間に、初対面の男たちを住まわそうとしている。快適な一人暮らし。たまに男を連れ込んだりして、悠々自適な生活を楽しんでいたが、脆くも崩れ去った。


 ヘーゼンはそれでも平然としながら、椅子に座って書類を書き始める。筆の位置も、羊皮紙の位置も完璧に把握していて、怖い。まるで、長年住んでいるかのように動きが淀みない。


「っと。僕が帰るまでは義父とおさんと性交渉はしないでくれよ。声がうるさいと集中できないから。10日くらい辛抱してくれ」

「わ、わかってます」


 淫乱扱いしてくる。息子が、淫乱扱いを。悪魔が隣にいるところで性交渉など、誰がするか。


「それと、欲求不満になるからって奴隷にも手を出さないでくれよ。義父とおさんと奴隷の間の三角関係なんて、犬も喰わない」

「……っ」


 息子が、ド淫乱扱いしてくる。本来なら、その場で張り手を喰らわせてやるところだが、契約魔法上、反抗することができない。


「そんなところで突っ立ってないで、義母かあさんは早く、ご飯作って」

「ど、奴隷たちの分は?」

「いらない」

「……っ」


 キビシー。


 そんなヘレナの感想など気づく様子もなく、ヘーゼンは平然と奴隷に向かって語りかける。


「いいかい? 何もしないでご飯が食べれるとは思ってはいけない。僕は働きに応じて、君たちに食事を支給する」

「は、はい!」

「……」


 超一流。


 超一流の奴隷飼育者過ぎて、怖い。


 食事を作っている時間、ヘーゼンは相変わらず書類を作成している。その手の動きには、1秒の迷いもない。やがて、黒髪の少年は、大量の書類をサンドバルに手渡す。


義父とおさん。これで、30人分の契約書ができたから、明日はこれだけ捕まえる」

「そ、そんなにもですか!?」

「10日間の休みだから、あと2日ほどで制圧したい。他にもいろいろやることあるし」

「……っ」


 なんという速度。結構な規模の奴隷ギルドが3日も経たずに乗っ取られようとしている。


「捕まえる人数はこれだけだが、すでにその者と奴隷契約をしている者もいるだろう? そうなってくると、大きな箱がいる。200人規模の寝床を準備してくれ」

「そ、そんな急には……」

「意見は求めてないよ。やれ」

「……っ」


 サンドバルは、秒で走り去って行く。あらためて、ヘーゼンという悪魔と、奴隷契約の組み合わせの凶悪さを見せつけられた形だ。


義母かあさん」

「は、はい!」

「とにかく金を稼ぎたい。危険でもいいから、中央ギルドで仕事を見繕っておいてくれ」

「わ、わかりました」

「懸賞金は可能な限り高くて1日以内にでできそうなミッションを7つ。難易度は問わないから」

「で、でも……そう言うのは人気がありますからね」

「窓口なんだから難癖つけたり、いろいろしなよ。不正は義母かあさんの得意技だろ?」

「……っ」


 犯罪者。息子が、自分のことを犯罪者扱いしてくる(犯罪者だけど)。


「料理できた?」

「ま、まだです!」

「盗み聞きしてる時間があるなら、手を動かしてくれよ。お腹減った」

「……っ」





















 悪魔の子。

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