翌朝


 翌朝、ヘーゼンはいつも通り草原で魔法の練習していた。そんな中、エマが不満げにやってくる。


「おはよう。遅刻とは、たるんでいるんじゃないか?」

「フン。本当は、来たくなかったけど」


 エマは、これ見よがしに、そっぽを向く。


「なにを怒っているのかな?」

「わからない? ほんとーに、わからない?」

「……」


 ヘーゼンがしばし、考える。


「女心というやつかな? 申し訳ないが、僕はそこら辺の機微に疎くて」

「だ、断じて違う! 違い過ぎる!」

「……」

「……」


         ・・・


「お腹が減っているなら、奴隷のセグゥアに買いに行かせるが?」

「……っ、なんで怒りの元凶にそんなことさせるわけ!?」

「なるほど。そう言うことか」


 謎は全て解けた、というような表情を浮かべ。


 ヘーゼンは手招きをする。


 すると、四つん這いのセグゥアが歩いてきた。


「わ、ワン!」

「……っ」


 鳴いた金髪の青年は、地べたへと転がってお腹を見せる。


「一晩かけて仕込んだんだ。彼も、こうやって反省してるから、許してやってくれ」

「な、なんてことするのよ!」


 エマが、信じられないような表情を浮かべる。


「と言うと?」

「こんな謝罪必要ない! 私は全然、こんなこと望んじゃない」

「なるほど、そうか。すまない、セグゥア。勘違いだったみたいだ」

「……クゥーン」

「い、犬語もやめさせて!」

「そうか。セグゥア、人語も喋っていいって」

「……は、はい」


 セグゥアは哀しそうな瞳でうつむく。エマはキッとヘーゼンを睨む。


「なんで、こんな酷いことするのよ!」

「酷い? よくわからないな。正当な決闘で得られた対価だ」

「た、対価って……クラスメートでしょ!?」

「クラスメートの対価だ」

「……っ」


 エマの空いた口が塞がらない。


「まあ、僕も無闇な奴隷の虐待には反対だから、君が怒ってないならそれでいいけどね。セグゥア、もう行っていいよ。

「は、はい……」


 セグゥアがトボトボと歩く。


「あっ、四つん這いじゃなく、二足歩行でいいから」

「は、はい……」


 セグゥアが立ち上がって、トボトボと歩く。そんな中、彼は途中で立ち止まって、恐る恐るヘーゼンの方を見る。


「……あの、質問いいですか?」

「もちろん」

「俺は、これからどうなるんですか?」

「僕の奴隷として働いてもらうことになるな。まあ、あくまで裏でと言うことになるが」

「う、裏?」

「公には、奴隷契約を解除したことにする。友人のエマが説得したという筋書きで」

「ほ、本当に解除してあげてよ!」


 エマのお願いに、ヘーゼンは首を振る。


「それは、できない。せっかく手に入れた優秀な駒だ。セグゥア、これからは君には僕が作ったカリキュラムに沿って学んでもらう。進路も、婚約相手も、全て僕が決める」

「そ、そんなの人権侵害じゃない!」

「奴隷とはそういうものだ」


 至極あっさりと、ドライに答える。


「セグゥア。奴隷というのは、雑用をすることじゃない。一切の行動による選択権を奪われるということ。それが、本質だ」

「……はい」

「しかし、奴隷が幸せになる権利もないかと言えば、そうではないと思う」

「……」


 絶望に下を向いていた金髪の青年は、ヘーゼンの方を見る。


「まずは、自己研鑽に努めてくれ。僕を凌ぐ実力になってくれても、それはそれで全然構わない。実力があれば、進路も、婚約相手も幅が拡がる。僕の期待通りの実力を持つことができれば、すべての事柄において、ある程度は君の希望に添う」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。君の実力であれば、帝国将官になれるほどの潜在能力はあると思う。これからは、下を見るのではなくひたすら上を向いて学んでくれ」

「は、はい!」


 セグゥアは明るい表情を浮かべて去って行った。それを見送りながら、エマは複雑な表情を浮かべる。


「……すっごく嬉しそうなのが、すっごく可愛そう」

「昨日は、からな。絶望の牢獄に閉じ込め、檻の中で自由を謳歌させる。何事も緩急が重要だ」

「あ、悪魔」


 エマが怒り顔で詰め寄る。


「そもそも、私とカク・ズとの連携は!? あれだけ頑張ってしごかれたのに」

「取り巻きの彼らが裏切らなければ、そういう選択肢もあった。結局、努力は裏切らないよ」

「ああ、そうですよね。裏切るのは、いつだって、君だもんね」

「ははっ」

冗談ジョークじゃないんですけど!?」

「そうなの? まあ、いいけど」


 ヘーゼンは少し首を傾げて、再び魔法の訓練を再開する。


「あーあ。君と関わったばっかりに、変なことになっちゃったな。私の学院生活」


 エマは草原で寝転んで愚痴る。ヘーゼンは、その様子を横で眺めながら、フッと笑う。


「約束する。退屈はさせない」

「……平穏な日常が送りたいんですけどね。私は。でも、ま、いっか」


 ミディアムヘアの少女は、あきらめたように起き上がって、ヘーゼンの隣で魔法の訓練を始めた。


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