敗北


 阿鼻叫喚の嵐。鳴り止まない怒号。バレリアは、教師生活最大のピンチを迎えていた。このままでは、生徒を一人奴隷墜ちさせてしまう。彼女自身、帝国のエリートである将官を辞し、教師を志した。


 もちろん、いい生徒もいれば、悪い生徒もいた。


 しかし、心の底から性根が腐った者はいなかった。当たり前だ。彼ら彼女らは、ただ、よくない育ち方をしただけで、未成熟だ。今後の成長次第で、白にも黒にもなる。


 そんな中、初めて性根がドス黒い少年に出会った。


 しかし、ここでめげる訳にはいかない。


「ほ、ほら、セグゥアも反省していることだし。謝罪は責任を持ってやらせるから」

「反省? 本当に反省してるなら、自分から謝りに来るでしょう? 昔の恩師もよく、言ってました。まあ、奴隷契約を結んだら、土下座させますから別にいいですけどね」

「……っ」


 バレリアは、この異常者を育てた恩師とやらを、ぶっ殺してやりたかった。しかし、折れるわけにはいかない。彼女はセグゥアの頭を掴んで、自身も精神誠意、頭を下げる。


「この通りだ。彼は未来ある生徒だ」

「まあ、そうですね。未来永劫、奴隷ですが」

「……っ」


 鋼の心。


「だ、だいたい、学生の身分で人をどうこうしようなんて、問題外だ! 帝国の法律にも抵触する。こればかりはやりたくないが、法廷に訴えたっていいんだぞ!?」

「ほぅ……司法の場に持ってきますか。望むところです」


 !?


「こんな場合に備えて、過去の決闘資料を読み込んできました。『非合法的な決闘が学院主導で行われた事実』を徹底的に暴露して、司法の判断を仰ぎましょう」

「……うぐっ」

「もちろん、盤外戦も望むところです。全生徒の親を巻き込んで、全ての事実を明らかにしていきましょう」

「そ、それは……」


 困るー。もちろん、学院にはある程度の治外法権は発生するが、生徒同士の決闘など、世間的にも法律的にも完全にアウトだ。


 最悪、院長のヴォルトが権力で揉み潰してくれるだろうが、あの老人は明らかにヘーゼン側の人間なので、事情を話せば他ならぬバレリアが斬り捨てられるだろう。


 しかし、目の前の少年は、法廷闘争に持ち込む気、満々なのである。


「帝国の司法レベルが知れるのは、非常に有意義だ。そして、実に興味深い論戦になりそうだ……いや、これは楽しみだ」

「……いえ、嘘です。ハッタリです、ごめんなさい、十中八九、学院を閉鎖させられてしまうので、どうかご勘弁を」


 バレリアは深々と頭を下げた。


 ……なんて、規格外の悪魔だろうか。


「はぁ……それは、つまらないですね。では、そろそろ」

「お、おい! そこの2人! 君たちは友達だろう!? 下手をすれば、君たちも共犯者だぞ! それでいいのか――」 


 そう言いながら、バレリアが振り向くと、そこには白目向いてエマが倒れていた。カク・ズはオロオロしながら、右往左往している。


「大丈夫だよ、カク・ズ。彼女は、気絶してるだけだ。すぐに、済むから」

「……っ」


 ――ダメだ。


 バレリアはガックリとうなだれ、両腕を地面につけた。


「せ、先生! そ、そんなあきらめないで、なんとかしてください!」

「無理だ……すまない」

「そんな! あんた、聖職者だろう!? なんとか! なんとかぁ……あぐっ!?」 


 セグゥアがバレリアを何度も何度も揺さぶっている中、突然、地面から植物が生えて、手足をがんじがらめにする。


「ぐっ……は、離せ」

「無防備だな。抵抗されると面倒だったが、君が子どもみたいに先生にすがってくれるので、助かった」

「離せ! お、俺はこんな勝負……認めないぃ!」

「僕が書いたこの洋皮紙は、方筆で書かれている。さて、優等生のセグゥア君。この意味がわかるかな?」

「はっ……くっ……やめろ……」


 セグゥアは、首をブンブンと振る。


「回答拒否は肯定と取るよ。そう、すでに取り交わしの契約は成立している。あとは、結ぶだけだ」

「やめろ……やめてくれ……頼む。卑怯だ、こんなの」

「ダメだね。だって、君だって目一杯、卑劣な手を考えていたのだろう?」 

「……っ」

「聞いたよ? 取り巻きのマードックの提案に、嬉しそうに尻尾振って、頷いたんだって? 億が一、僕が負けたら、僕を奴隷に堕とすつもりだったんだろう?」

「違ぁう! ちがーっ! 俺が悪かったー! ごめんなさいもうしません! もう、逆らいませんー!」

「負けが決まった後の謝罪に、なんの意味があるのかな?」

「……ひぐぅうっ」

「お互い、正々堂々と卑怯を尽くしたんだから、互いにナイスファイトといこう」

「……っ」


 ヘーゼンは満面の笑顔を見せ。
























 この日、セグゥアが、奴隷になった。

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