学院生活


 テナ学院での生活が1カ月経過した。と言っても変化はこれと言ってなく、ヘーゼンはあいかわらず魔法の修練に明け暮れている。魔杖製作にも力は入れているのだが、こちらは他の生徒たちと歩調を合わせないといけないので、実技しかないと言う。


 他にも歴史、戦略、美術などには比較的興味を示すのだが、道徳、倫理、国語、音楽などは完全に興味がない。


 ヘーゼン曰く『選択と集中』らしい。


 興味がない、もしくは教師が取るに足らない人物と見なした場合は、完全に熟睡しているのだが、それでも教師が質問すると全問正解するのが憎ったらしい。


 断固として、道徳と倫理を修学して欲しいとは、友達であるエマ(ヘーゼンが言うにはだが)の切なる願いである。


 そして、彼女もまた、なんとなくこの少年に引っ張られて、いつものように半強制的な笑顔で練習に付き合わされる。そんな彼女からすれば間違いなく、この学院史上一番の練習量だ。


 かと言って、完全に納得して付き合っている訳ではない。


「あー! もう、嫌々! 嫌嫌嫌嫌嫌! 嫌ーーーーー!」


 茶髪ミディアムヘアの美少女は力尽き、ヤケクソで木陰にダイブする。しかし、そんな様子などもちろん歯牙にかけるでもなく、ヘーゼンは未だ魔法の練習に明け暮れている。


「もう、魔力はカラッカラです。もう、何にもできません。もう、嫌です」

「魔力は限界の限界の限界を超えてこそ、その潜在能力を強く引き出されるものだよ。君は今、限界を超えたあたりだから、あと二つくらいは限界を超えてもらわないと」

「……と言うか、超えたくないんですけど」

「ははっ。超えたいか、超えたくないかの質問をしてないから、回答になってないよ」

「思いっきり回答なのに!?」


 そんな不満をぶつけても、当の本人は公然と無視しながら魔杖を一心不乱に振っている。言葉を交わしていても、この少年は魔法のことしか考えていない。なのにも関わらず、受け応えも力尽くで論破してくるので、本当に厄介極まりない存在だと言うのがエマの見立てである。


「……でも、さすがにやり過ぎじゃない? 君、いったい何時間修練しているの?」

「修練を時間の概念で語ったことはない」

「か、可愛くなさすぎる答え。だいたい、どういう魔力量してるのよ? 普通の人は、魔力の放出が少なければ、魔力量も少ないものよ?」


 現時点では、エマの魔法の放出量はヘーゼンに勝っている。だが、ヘーゼンは常に彼女の倍以上の魔法を放出しており、それでも、魔力切れを起こす気配すらない。


「質問に対する答えは二つ。一つ目。僕は魔法の放出量と魔力のバランスがかけ離れているんだ。体感としては、今の324倍ほどの魔力が潜在している……まあ、身体がもたなくて放出しきれないからすべてを把握してはいないけど」

「め、めちゃくちゃじゃない」


 ヘーゼンの放出量は通常の魔法使いとは遜色ないほどになってきた。仮に魔力、放出量が倍ほど異なれば、帝国では即士官クラスの実力を持つほどだ。


「そして、もう一つ。僕はちょっと普通ではないんだ」

「か、完全に異常者の類だと思うけど」

「そう?」

「そ・お・よ!」


 エマが断固として主張し、呆れたように頬杖をつく。この少年は、ともに過ごせば過ごすほど、異常な過ごし方をしている。そんな中、クラスメイトのカク・ズが息を切らしてやってくる。


「はぁ…はぁ……ヘーゼン。朝の筋トレが終わったよ」

「お疲れ様。やはり、最初にマラソンを走らせたのはいい効果があったね。基礎体力が向上したおかげで、大分疲れなくなっただろう?」

「うん! 最初の方は全部の臓器がぐちゃぐちゃになって、全身の筋肉が切り刻まれたような気分だったけど、今ではだいぶマシになってる」

「……ん。もう少し今の気分を細かく言えるかな?」

「臓器は内臓と肝臓が破裂しそうなほど痛くて、足の筋肉はハサミでチョキチョキ切られてるような感じ」

「ぶっ……」


 無邪気に満面の笑みを浮かべるカク・ズに、エマは思わず口につけたコーヒーをぶちまけそうになった。


 果たしてそれはマシになったというレベルだろうか。


「……なるほど、心肺機能は上がっているが、主に下腹部の臓器が付いてこれない状態か。足の筋肉も支える部分がついてきてないようだ。走り込みメニューを増やすか?」

「鬼!」


 エマは思わずヘーゼンを人でなし呼ばわりした。


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