授業後


 授業後、ヘーゼンはいつも通り魔法の練習を始める。


「それにしても、いつの間に魔杖両手持ちの複属性魔法なんて覚えたの?」

「覚えた? 最初から右手と左手で別属性の魔法を放っていただろう? それを同時でやっただけで、なにも驚くべきことじゃない」

「はぁ……驚くべきことなのよ」


 エマは大きくため息をつく。まあ、この少年が常識外なのは日常だ。他のクラスメートたちよりも衝撃は少ないが、


「君にもできるよ。ちょっと、構えて」

「……っ」


 背中に密着してくるヘーゼンに、エマの身体が硬直する。


「どうした? もっと、柔らかく構えて」

「そ、そんなこと言ったって……」


 ミディアムヘアの美少女は、真っ赤になりながらも、ぎこちなく構える。


「まずは、右手。こちらはエマの得意な属性だから、無意識に放つ。そして、左手。こちらは、それとは異なった意識で放つ。簡単だろう?」

「言うのはね!?」


 それがわからないから、できないのに。


「……うーん。意識をわけると言う感覚さえ身につければ本当に簡単な話なんだがね。まずは、難しいと言う思考の鎖を外してみたらどうかな?」

「だって……両手持ちは大陸でも使える人が少ないのよ?」

「少ないから難しい訳じゃない。成長プロセスが誤っているという世間の誤認があるから、誰もやろうとしないだけだ。そう思うといい」

「……っ」


 そう思えって言われても。そもそも、エマに実力が劣るほどの実力で、堂々と世間の方が間違っていると言い放つヘーゼンに開いた口が塞がらない。


「君……ぜーったい、周囲に敵だらけになるわよ?」

「ふっ。僕はそんなヘマはしない」

「その行動と態度自体が問題なの! もう、すでにセグヴァのグループに目をつけられてるし」

「その表現は的確ではない。ヤツのグループではなく、ヤツ自身に目をつけられている。それに、そこの所は手を打ってあるから心配するな」

「……なに、それ?」


 その言葉とは裏腹に、ものすごーく心配になってくる。


「ヤツのグループメンバーに、疑念の種を蒔いておいた。所詮は浅い友情だ。もうすぐに瓦解してヤツは孤立の憂き目に遭うさ」

「な、なんてことするのよ!? 酷いじゃない!」

「正当防衛だよ」

「せ、正当防衛じゃない!」


 正当防衛とは相手が攻撃を仕掛けてきたら、仕方がなく攻撃をすると言うものだ。


「でも、相手に仕掛けられてきてからだと、不利になる。特に多勢に無勢なんて、卑怯じゃないか。だから、やられる前にやる。それが僕の正当防衛さ」

「……つ」


 にやり、じゃねーよとエマは震える。


「まだ、襲われてもいないじゃない!」

「襲われてからだと遅いじゃないか」

「……っ」


 わからない。この黒髪の少年が、笑顔でなにを言っているのかが、まったくわからない。


「はぁ……ヘーゼン。なんでなの?」

「なにが?」

「ここは学院でセグヴァも私も同じクラスメートよ。そんなに警戒したり、誰かを陥れたりなんてする必要ないじゃない」

「……エマ。違うよ」

「えっ?」

「ここは地上だ。いつ、何時、いかなることも起こりうる。そして、セグヴァもエマも……僕も人間だ。時にどれだけでも残酷に。時にどれだけでも冷酷になれる」

「ヘーゼン……あなた、いったい何者なの?」

「何者でもないよ……今は、まだね」


 ヘーゼンは不敵に笑った。

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