取り巻き


 魔法実技後のクラスは、にわかにザワついていた。魔杖製作でも、ヘーゼンは浮いていたが、その場ではおかしな発言をするだけのヤツだと思われていた。

 しかし、複属性の魔法を同時に使いこなすことで、その実力もことに誰もが気づいた。


「へ、ヘーゼン。みんな、こっち見てるよ?」

「自意識過剰だな、君は。見ているのは、40人中29人。全員ではない」

「そ、そう言うことを言ってるんじゃなくて」

「状況分析は正確にしないと、戦場では生き残れないぞ?」

「ま、まさか私を戦場に送り込もうって言うんじゃないでしょうね!?」


 そんな風にエマと雑談(?)している中、一人面白くない顔を浮かべている生徒がいた。学年の主席、セグヴァである。人差し指の爪を噛みながら、バッキバキに乾いた眼でヘーゼンを見つめている。


 平民出身の彼には、先立つものがない。それ故に、この学校で主席の成績でなければ、よい就職先には恵まれない。なので、他の貴族たちに負けぬよう修練を重ねた。睡眠時間はいつも3時間程度。常にトップになることしか頭にない。


「一番じゃなきゃ駄目……一番じゃなきゃ、駄目なんだ」


 金髪の少年は爪をガジガジと噛みながらつぶやく。彼は故郷の期待を背負ってここまで来ている。自分は将来、あのミ・シルのように、自身の実力だけで四伯になる。それまでは、誰にも影すら踏ませないはずだった。現に、ここに来るまでは神童と呼ばれ、誰もが自分をもてはやしていた。


 実技、学力ともにトップは必然……なはずだった。だが、学力においてヘーゼンに遅れを取った。


「お、おいセグヴァ。大丈夫かい?」

「……なにが?」

「い、いやなんでもない」


 取り巻きの一人、マードックが、その不機嫌さを察して話をそらす。この生徒にしてみても大きな誤算だった。一軍に属したいがために、クラスの中でも一番のセグヴァに近づいたのに。


「……おい、どこに行く?」」

「えつ、いや。ちょっと、トイレ……ははっ」


 マードックはそう言いつつため息をついた。なんとなく楽しそうなエマ、カク・ズ、ヘーゼンのグループにちょっかいをかけようとしたが、見抜かれたようだ。慌てて方向を変更して、暗いクラスメートから距離を取る。


 どうせなら、最初から女子のいるグループに属しておけばよかったと心の底から後悔する。そもそも、セグヴァと話す話題と言えば、魔法と勉強の話ばかり。貴族の自分と平民のセグヴァで、共通の趣味などもない。

 

 他の取り巻きとワイワイ話すと、セグヴァは露骨につまらなさそうな顔をする。だから、ヤツを中心に据えて話す必要があるが、それがとにかくつまらない。


「はぁ……失敗したな」

「なにがだ?」


 教室を出て廊下を歩いていると、ヘーゼンが後ろから声をかけてきた。


「なっ、なんのようだ?」

「あのセグヴァ君は、僕がよっぽど気に入らないようだね」

「……」

「隠さなくたっていい。あんなに敵意を示されたら、誰だって気づく。まったく……面倒なことだ」

「それで……俺になんのようなんだよ?」

「別に。僕も同じ方向に用事があっただけだ。でも……つまらなさそうだって思ってな」


 ヘーゼンは射抜くような眼光を向ける。


「……」

「次のクラス配置までずっと、貴族様が平民に媚びへつらうのも大変だと思ってな。このままでいいのか?」

「う、うるせぇよ。この学院は、実力主義。貴族だの、平民だの垣根はダセェよ」


 マードックは嘲るようにヘーゼンを見る。彼もまた、実力主義という名に惹かれて集まった者の一人。貴族、平民。そんなものの垣根などは、くだらないと思った。


「……本当にそう思ってるのか?」

「えっ?」

「あいつが平民でも、実力者だから。そいつに従っていれば、モテると。本気でそう思ってるのかと聞いたんだよ」

「くっ……」


 ヘーゼンは歪んだ表情で笑う。


「そんなものは建前に決まってるだろう? 貴族と平民が平等? 綺麗事だよ。世の中を見渡せば1秒でわかる。この世の中は弱肉強食。確かにそうだが、強者はいつだって貴族の方だ。そうだろう?」

「……なんで、そんなことをお前が言う? お前は確か平民だろう?」

「取り留めのない会話ってやつだよ。ただ、気持ち悪いだろうな……と思ってな」

「……なんだと?」

「平民に媚びへつらって、気を遣う貴族。どうやったって女にはモテない」

「くっ……」

「ああ、僕はこっちだから。邪魔したな」


 ヘーゼンは廊下の分岐に差し掛かると、颯爽と去っていった。

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