第6話 エピローグ


 ――あのドラゴン戦から数日。



「ほれ、黒野くん、いいトマトだべ!」


 畑で多恵子さんがぴかぴか光るトマトを手に微笑む。


「わあ、本当ですね」


 遠慮がちに笑顔を見せるのは、黒いローブを脱ぎ捨て、作業着と長靴姿で農作業に勤しむ黒の魔術師だった。


 彼は今、黒野と名を変え、多恵子さんの家に身を寄せている。


 あれから色々と相談をし、黒野には多恵子さんの家で農業を手伝ってもらうことにしたのだ。

 そして、招集があった時には幻獣の駆除にも当たって貰っている。


 幻獣たちは三十年の間に既に山に定着し数を増やしていて、ちょっとやそっとじゃ全滅させられそうにない。

 だが黒野は大きな戦力になる。いつかは俺たちの山も元の生態系を取り戻すだろう。


 今日は猟幽会メンバーを招いての、ちょっとした収穫祭だ。


 みずみずしいキュウリやナスを収穫しながら黒野は言う。


「ここの食べ物が、こんなに美味しいなんて知りませんでした......」


「そりゃ、多恵子さんの野菜だからな!」


「それにみんなもいるし!」


 黒野が青空を見上げる。白い雲が高く、風に乗って流れていく。黒野はうなずいた。


「......思い描いていた異世界とは違ったけど、ここもそんなに悪くない、って今は思う」


 理恵さんが収穫したトマトを齧りながら笑う。


「あなたはここでゆっくりと自分の居場所を見つけていけばいいわ」


 多恵子さんも大皿を手に太陽のように笑う。


「んだんだ! さ、みんな、こないだのドラゴンだで!」


 皿には山盛りのドラゴン肉が盛られている。いつの間に持ち帰っていたんだ!


「わー、美味しい」


 黒野がニコニコしながら肉を頬張る。美味しいのか? でもこいつ、異世界人だし味覚が当てになるのか?


 恐る恐るドラゴンの肉を口の中に入れる。口の中にふわりと濃厚な香りと肉汁が口の中に広がる。旨味が強い。まるで地鶏のローストような味だ。


「あれ? 美味い」


 俺が言うと、皆一斉にドラゴン肉に手を伸ばした。


「本当だ、美味い! ローストチキンみてぇだべ!」


「そういや、確かに鶏肉に似てる......」


「カエルの肉は鶏肉に似てるってよく聞くけど、まさかドラゴンもそうだとは」


「そういや恐竜は爬虫類より鳥に近いと聞いたことが......」


 盛り上がるメンバーたち。すると、セツナが無言でうつむいている。


「どうしたんだ?」


 俺が隣に座り声をかけると、セツナは小さく首を振った。


「......別に。ただ、黒野って、何となく自分に似てるって、そう思っただけ」


 ドラゴン肉に手を伸ばすセツナ。


「私も学校ではあんまり友達とかいないし」


 俺はセツナの言葉に目を見開く。セツナから学校の話を聞くのは初めてだった。

 確かに、猟銃を撃つのが趣味の女の子なんて変わってるし、浮いてしまうのかも知れない。


「でも、ここに来て、その......このメンバーと猟をして、すごく楽しいって思えるから大丈夫」


 俺はセツナの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「よしよし、大丈夫だぞー、ここがお前の居場所だぞー!」


「ちょっと何すんのよ! すけべ。このセクハラ!」


 顔を真っ赤にして怒るセツナ。


「ははは」



 


 セツナだけじゃない。

 俺もこいつらと同じだった。


 今とは違う場所で勇者になりたかった。


 黒の魔術師は、俺に似ている。

 だからこそ俺はこいつを救いたかった。


 この世界は自分の思うような世界じゃない。辛いことも多い。そんな時、人はどこかへ逃げたくなるのかもしれない。


 だけど――


「ありがと」


 小さくセツナが笑う。

 その白い耳が、赤く染まっている。それは今まで見た中で、一番柔らかいセツナの笑みだった。

 

 俺はそれを見て、思わずつられて微笑んだのであった。



 人は「ここではないどこか」を求める。


 だけれども、今なら分かる。

 少し外に目を向ければ、この世界にはきっと自分の居場所や夢中になれるものが沢山待っている。


 そんな少し手を伸ばせば「異世界」に手の届く場所に、俺たちは生きているんだ。

 

 すると俺の足元で小さく勇者の剣が光った。剣にはいつの間にか立派な鞘がついている。


 むき出しの刃では勇者にはなれない。


 上手くは言えないけれど、きっとそういうことなのだろう。


 

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本日は、午後休取って幻獣狩り! 深水えいな @einatu

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