第5話 黒の魔術師と幻獣狩り

 俺たちは黒の魔術師に向き合った。

 とにかく、こいつは幻獣について何かを知っている。事情を聞かなくては。


「なあ、あんた......」


 だが黒の魔術師はそれを無視すると、無言で右手に持った杖を掲げた。


 杖から火の玉が放たれ、轟音をあげてこちらへ向かって来る。


「うわっ!」


 何だこれ――こいつ、まさかとは思っていたが本当に魔術師なのか!?


 火の玉をすんでのところで避ける。

 背後の木が焦げる匂い。


「西野さん!」


 セツナが銃を構える――が、やはり相手は人間。そう簡単に撃つわけにはいかない。


 それは俺も同じで、剣を振り上げたのは良いものの、さすがに人間を斬るわけにいかない。どうしたものか。


 俺は降り注ぐ火の玉を避けながら叫んだ。


「なあ、あんたがこの幻獣たちをここに連れてきたと言ったな。なぜそんなことを?」


 黒の魔術師は答えない。

 俺は質問を変えてみた。


「お前は――この世界の人間じゃないのか?」


 黒の魔術師はふわり、と宙に浮き上がり俺たちのほうを見据えた。


「そう。僕の生まれは、こことは全く風土も文化も違う『異世界』だ」

 

 両手を広げる黒の魔術師。


「長年禁忌とされてきた転移魔法をやっとの思いで開発し、この世界にやってきた。あちらの愚かな魔術師どもに異端とされ認められなかった僕の魔法技術も、ここでなら役に立つのだと信じて――」


 彼はぎり、と唇を噛み締めながら語り出す。


「だけど、この世界も駄目だった。ド田舎で、のどかで、魔法を必要としている人なんかいないし」


 まさか異世界人にまでド田舎と言われるとは......まあ確かに田舎だけど!


「あなたは......違う世界で認められたかったの?」


 理恵さんが黒の魔術師に声をかける。

 黒の魔術師は、少しうつむいた。


「......どうだろうね。そう言われてみればそうかもしれない。僕の夢はね、勇者になって世界を救うことだった。でもどこの世界も僕のことを認めてくれやしないんだ」


 悲しげに頭を降る黒の魔術師。


「さあ、無駄話は終わりだ。今の僕の望みはただ一つ。勇者になれないんだとしたら、魔王になってこの世界を滅ぼすまでだ」


「なんだと!?」


 黒の魔術師の掲げた杖に光が収束する。頭上には、電気を帯びた巨大な光の玉。バチバチと黄色い稲妻が走る。


「さらばだ、この世界の勇者よ!」


 振るわれる杖。巨大な稲妻の塊は、やがて太い雷となり、真っ直ぐにこちらへと槍のように降ってくる。


 高笑いする黒の魔術師の顔が、光で見えなくなる。


「くっ......」


 額に汗が流れ落ちる。あれを食らったら、確実に俺たちは木っ端微塵に消し飛ぶ。一体どうしたら......


 その時、俺の脳裏に浮かんだのはドラゴン戦の時の黒の魔術師の台詞だった。



“「思い」によって進化する剣になったんだ”



 「思い」――俺は剣を強く握りしめた。そうだ。俺の思いはただ一つ!



 気がついたら、無我夢中で剣を振っていた。剣の柄から翼が開き、辺り一面が真っ白な羽に包まれる。


「うおおおおおおおおお!!」


 俺は斬った。



 天から降り注ぐ、太い一本の雷を、

 無我夢中で斬った。



 










 俺は救いたかった。


 仲間や、ここに住む人たちだけじゃない。

 黒の魔術師こいつもだ。



 だってこいつは――








「......なっ......!」


 黒の魔術師が目を見開く。

 俺の剣が貫いていたのは、黒の魔術師ではなく、彼の持っていた魔法の杖であった。


 乾いた音を立て、半分に俺折れた魔法の杖が地面に転がる。


 ぼっきりと折れた杖と俺の顔を見比べる黒の魔術師。


 彼は眉間にしわを寄せると、ワナワナと拳を震わせた。


「なっ......何でだよ! 何で僕を殺さないんだ! 僕はこの世界を滅ぼそうとしているんだぞ!? 魔王みたいなもんだ。それを......」


「嘘だな」


 俺はニヤリと笑った。たしかに俺は、大人になり切れない中途半端な大人だけど、そういあ子供の言い訳は良く分かるんだ。


「お前は世界を滅ぼそうと思ってたわけじゃない。それくらい分かるよ」

 

 黒の魔術師は驚いたように目を見開いた。

 そして俺の目をしばらくの間見つめた後、しゅん、と下を向き、観念したように語り出した。


「......そうだよ。異世界に行けば進んだ魔法文化を伝え勇者になれると思っていた。でもこの世界の人々は自分の理解できない技術を持ち、戦うべき敵もいない」


 だが彼にとっての不幸はそれだけでは無かった。

 食べ慣れた幻獣の肉も植物もなく、食べるものに困った。


 人見知りで、異世界人に話しかけることもできない。どうやって暮らしたらいいのか分からなかった。


 異世界から逃げてきたつもりが、こちらにも居場所はなかったのだ。


 悩んだ彼が決めたのが、召喚術で幻獣を呼び出し、この土地を彼の故郷のように居心地よく作り替える事だった。


 彼はこの世界を支配しようとしたわけじゃなかった。ただ単に、自分の住みやすいようにしたかったのだ。

 それがこちらの世界の人にとって迷惑になるとは、まるで考えてもいなかったらしい。



 黒の魔術師は俺のほうを真っ直ぐに見据えた。


「そうだよ。僕の願いはこの世界を滅ぼすことじゃない。僕の願いは他にある。そして今の君ならば、きっと僕の望みを叶えてくれるはず」


 黒の魔術師は両手を広げると、晴れやかな顔でこちらを見つめた。


「さあ、僕を殺して」


 風が、二人の間を通り抜けた。木の葉がざわざわ音を立て、魔術師の髪が柔らかく揺れた。


 俺は剣を下ろした。


「どうしたんだ? 早く僕を殺してくれ! 分かったんだ。この世界にも、僕の居場所はない。僕はこの世界からしたら侵略者だ。魔王みたいなもんなんだぞ!? それを――」


 俺は頭をかいた。


「悪いが、俺の任務は幻獣を狩ることで、お前をどうこうするのは管轄外だ」


 この世界には勇者も魔王もいない。そんなのはとうの昔に分かっていたはずだった。現実はもっと複雑だ。


 そう、俺もまた、勇者ではなかった。あくまでもただの狩猟者ハンターにすぎない。


 だけれども、勇者ではなく狩猟者ハンターだからこそ、できることもあると思うんだ。


「......その代わり、お前には別の方法で責任を取ってもらう」


 そう言うと、死にたがりの魔術師は目をぱちくりさせた。

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