13篇「狂気の王 後編」

 木々の間から、円錐頭巾カピロテを被った怪しげな黒装束の連中が、一人、また、一人と姿を現す。

 いつの間にか、森の古道で俺達は怪しげな連中に囲まれている。

 十人か、二十人か、あるいは、それ以上いるのか、よく分からない。

 手には、大鎌サイズ槌鉾メイスが握られ、こちらににじり寄る。


 ――ピンチッ!!


 これって、大ピンチじゃないのか!?

 数が多過ぎる。

 ダン爺が凄ぇ~戦士だってのは聞いてる。

 とは云っても、人並み外れてデカイってだけの爺さんだし、この人数相手にいくら昔凄かったとは云え、明らかに無理がある。

 後は、魔術が使えるって云っても女子供。

 俺にいたっては、なんでも出来ない高校生。

 コレ、マズイでしょ!


「ダイナマクシア伯の手の者だな?」


 ――おっ!

 話し掛けてきたぞ。

 話し掛けてきたって事は、会話ができる、つまり、交渉可能って事だ。

 交渉次第でなんとかなる、ってならおんの字だ。


「その通りだ。君達に危害を加えるつも…」


「うるルルルぅせぇぇぇーーッ!この邪教徒じゃきょうと共がッッ!ブッッッ殺してヤルわッ!」――被せるようにダン爺が叫ぶ。


盲亀もうき浮木ふぼく優曇華うどんげの花待ちたること久し、ここでうたが百年目!おどれら、許さんぞな」――被せ気味に蕩々とうとうと語るハム。


「あなた達ですね、周辺集落の何の罪もない住民の田畑や家畜を荒らしたのは!わたし、許しません!」――更に被せるようにファム。


 えーっ!!!――

 ちょっと、ヤル気満々じゃねーか…

 なんでコイツら、こんなに短気なんだよ!


「おのれ、伯爵のいぬめがっ!皆の者、やってしまえ!」


 うお!

 交渉決裂!

 済し崩し的に喧嘩かよ。

 堪らん!


 ダン爺が勢いよく一歩踏み出す。

 ――ドンッ!

 踏み出した瞬間、ダン爺の姿が1体、2体、3体…と増える。

 分身!?

 『並列パラレル対峙ショーダウン』と云う技らしい。

 次から次へと黒装束の連中を膾斬なますぎりに切りせる。


 ハムが金切り声を上げる。


 ――なにごとッ!?


「おどれら、苦しみぬいて、その罪をあがなうぞな!<硫酸どろどろインカーネイテッドなんでもソルヴェント溶かすアビューズ>!」


 ハムは独自の妖術、妖声ウォクスプエッラ幼語ウォクスデイー妖言およずれごとを発した。

 それは我がままに泣き叫ぶような、あるいは、ヒステリックな悲鳴にも似た金切り声がこだまする。

 黒装束の連中は、装束諸共もろとも溶けて崩れ落ち、見るも無慙むざんな肉塊と化す。


 ――おい!?

 やり過ぎじゃねーか!?

 ファムも詠唱?


のがしはしません!<茨の女王ボンデージプレイオブ緊縛遊戯クイーンソーン>!」


 ファムは妖精フェアリー使役術エンプロイメント抒情詩リリックうたう。

 小鳥のさえずりのような、天使の歌声の如き、歌唱そのもの。

 無数のいばらつるが、周囲の大地が罅割ひびわり、また、木々の表皮を駆け下り、まるで、意思でも持ったかのように黒装束の連中に巻きつき、そのとげで縛り上げる。


 あっという間。

 時計を確認する余裕はなかったが、体感で5分も経っていない、その程度。

 凄惨な光景に唖然あぜん


「おい、やり過ぎだろ!」


「よく見てみろッ、坊主ッ!」


 茨の蔓で拘束された黒装束の者達に目をやる。

 三角帽が脱げ落ち、顔が顕わになっているその男。

 顔半分は、両生類のそれを思わせ、肉がただれ腐り落ち、強烈な腐臭が漂う。


「なんだッ、この化物はッ!?」


「“渾沌のケイオティック瘴相ネクロプラズム”ぞな。渾沌こんとんけがれを示す最も分かり易いあかしぞな」


「坊主!おめぇ~、もしかして、の事、可哀想とか少しでも思ったんじゃあるめぇーなァ~?」


「…あっ…うん…いや、だって、その人間な訳だし…」


「カイトさん!渾沌落こんとんおちした者達に慈悲じひ禁物きんもつです。渾沌に身をやつした時点で、彼らはもう人ではないのです」


「……いや、でも…」


「小僧っ!其方そち、今まさに蚊に食われている時、その蚊をどうするぞな?」


「え?ひっぱたくけど?」


「同じ事ぞな。いや、もっと遙かに深刻な事態ぞな、もし」


「カイトさん。渾沌は、絶対悪ぜったいあくなのです。それは国法や社会通念、倫理、道徳、俗習等とは埒外らちがいの存在なのです。秩序を、世界を崩壊させる圧倒的な害悪、それが渾沌なのです」


「……うーん…」


「坊主。分からねぇーなら、それでもいい。だが、それは死に直結する、とだけ覚えておけ。

 抜き身の刃をチラつかせて殺意を抱くヤツを前にして、なんも抵抗しねぇ~ってのは、自殺と変わらん。

 渾沌ってのは、その存在そのものが、殺意を抱くヤツ以上に危険な存在。ヌルイ事を云ってっと、すぐにヤツらに付け込まれ、取り込まれる。渾沌に取り込まれたら最後、わしはおめぇーを斬り捨てるだけだッ!」


「……分かったよ…」


 ダン爺は、茨に囚われた者達の首を次々とねる。

 おぞましい姿の彼らの生き残りは最初に追ってきた者以外おらず、その者の姿は既にここにはない。


 釈然しゃくぜんとしない。

 絶対悪、と云うのが、どうにもピンとこない。

 別ルート、正確には、なかった事になったルートで、孤児のサアヤが渾沌の化物に襲われた時は、確かに恐ろしかった。

 今の連中も醜悪な姿をしてはいたものの、今ひとつ、絶対悪と云う認識が俺には薄い。

 もっとゲームチックに割り切って、敵対者は皆倒す、くらいの気持ちになった方がいいんだろうか。

 恐らく、そうしないと、あっさりとやられてしまうのかも知れない。

 3人が動いていなければ、連中に殺されていた可能性もある。

 現実ナイトメアが平和過ぎて、この当たりがまだ、しっくりこない。

 どうにか、スイッチを入れるすべを覚えないと。



 逃げた者の跡を追う。


 ダン爺とファムは、わずかな痕跡で追う事ができ、ハムのじゅつで追跡が出来るらしい。

 ここは黙って着いて行くしかない。


 古道からも外れ、木々の間を縫い、茂みを越え、森の奥へ奥へと進む。

 この追跡からが長い。

 1時間、2時間と道なき道を、辺りを警戒しながらゆっくりと進み、いつの間にか真昼になっていた。

 森が少し開けた木陰の下で一旦、小休止。


 村の中での聞き込みしか想定してなかったんで、俺は食料の類を何も持ってきていない。

 だが、ダン爺は干し肉や干しだらを、ファムは乾パンやナッツ類を、ハムはチーズやあめを持ってきており、それらを惜しげもなく分けてくれた。

 どうやら、デイドリでは常に何か食べるものは携帯しておかないとマズイ気がする。

 何せ、コンビニやスーパーってのがそこら中にある訳じゃない。

 移動にも矢鱈やたら時間が掛かる。

 現実ナイトメアからデイドリに来る時に持ち込む為のリュック以外に、で活動する為のボディバックか何かを持って来よう。

 その中に、保存食や水を常備しておくのがベターだ。

 野垂のたれ死ぬ前にログアウトしてしまえば、餓死する事は有り得ないが、何せがあるんで、そうそうログアウトなんてしてられない。

 また、1つ勉強になった…のかな?


「ヤツらの隠れ家アジトは、そう遠くはねぇ~はずだ」


「え?何故、そんな事が分かるんだ、ダン爺?」


「村で儂らをけていたヤツには、渾沌のケイオティック瘴相ネクロプラズムはねぇ~。あったらバレる可能性があるからなァ。

 んでだ、かちまま逃げとる。そこらの住民の足から考え、ついでに、襲って来た連中の潜伏場所と村との距離も考慮すっと、そう遠くはねぇー筈だ」


「カイトさん。この辺りはくだん河跡湖かせきこに程近い場所だと思われます。ですから、彼らの本拠が近いのかも知れません」


「そ、そうなのか!?」


「小僧、追跡を再開したら気を引き締めて行くんぞな」


「お、おう!」


 ――成る程な~。

 こりゃ、もっと色々考えて行動しないとダメだ。

 つぶさに観察しつつ、考察しないと闇雲やみくもに動き回って疲弊ひへいしたり、注意力が散漫さんまんになって対処が遅れる。

 ゲームよりずっと慎重にならねーと!



 追跡を再開。


 休憩はたっぷり1時間ちょい取った。

 体力回復には十分。

 3人は水嚢すいのうも持って来ていたので水分補給も出来た。

 元々、俺は小食なので食事は少なくても全然余裕なんだが、やはり、水は携帯必須と実感。


 ――さて。


 ダン爺達は、連中の隠れ家は近いと云ったが、再開してから1時間半は過ぎている。

 逃亡者の痕跡こんせきを探しながら周囲警戒しつつ歩む為、移動距離は短くなる。

 とは云え、ダン爺やファムの追跡は恐らく早い方だと思う。

 じっくりと地面を眺めたり、考え込んだりは一切してはいない。

 恐らく、痕跡の確認は刹那せつなに分かっていて、寧ろ、周辺警戒に比重が置かれている、そんな印象。

 俺も追跡直後は、逃亡者の痕跡は分かった。

 急いで逃げていたであろう足跡が残っていたし、草も踏みしだかれていた。

 しかし、今は全く分からない。

 普通の歩行速度で移動されていると、その痕跡は俺には分からない。

 これもよく観察して出来るようにしておいたほうがいいだろう。

 覚える事が次から次へと。

 なかなか、興味深い。

 面倒めんどう、と思うより、興味の方が勝る。


「坊主!息をひそめ、静かに着いて来い」


 珍しくダン爺が小声。


「どうしたんだ?」


「カイトさん、水の匂いがします。大分汚れた、汚れたと云うよりはけがされた、そんな腐った水の匂いがただよってきます。河跡湖かせきこが近いと思います」


 ――クンクン。

 鼻に意識を集中させ、嗅いでみたが、水っぽい臭いは全く感じられない。

 俺の鼻が悪いのか、それともエルフの鼻がいいのかは分からないが、云われた通り、警戒し、出来る限り足音を立てず、忍ぶように歩く。


 比較的木々の密集した場所を選び、それを縫うように歩む。

 途中、木々を栗鼠りすが走って渡っているのを見掛けた。

 珍しいな、と関心を抱いていたら、その栗鼠がファムの近くに寄ってきた。

 ファムは栗鼠に耳をそばだてるよう仕草しぐさ


「近くの河跡湖に邪教のやしろが建っていると云っています。三角目出し帽の連中が出入りしている、と」


 栗鼠と話したのか?

 うむ、ファンタジー。

 これって、俺も出来るようになるのか?



 物音を立てないように歩き始めてからおよそ15分。

 ダン爺の手合図で頭を下げ、茂みに身を隠す。

 ここまで来ると確かに臭ってくる。

 水の臭い。

 汚水の臭いだ。

 この臭さに気付いてしまうと、これが気になって仕方ない。

 鼻が曲がりそうだ。


 茂みに潜み、息を潜め、隙間から向こう側を覗く。

 円錐頭巾カピロテを被った黒ずくめの連中が見える。

 何やらせわしなく働いている。

 近くには社が見え、その奥には沼が見える。

 沼のほとりには、幾つもの篝火かがりびかれ、水辺には大きなやぐらが組まれ、山羊や羊、牛、豚、鶏といった家畜の死骸がうずたかく積まれている。

 既に腐敗しているものもあり、うじはえが膨大に湧いている。

 ――にえ

 儀式か何かの準備だろうか。


「儂とハームは両サイドに分かれてもう少し近付き様子を覗う。坊主はファムじょうとここに潜み、儂の合図を待て!」


「うん、分かった」


 そう云い終わると、ダン爺とハムは二手に分かれて大きく左右を忍びながら迂回。

 間もなく、二人の姿は視界から消え、ファムと二人で茂みの奥を覗く。

 ――それにしても。

 合図?

 何の合図なんだろう?


 二人と分かれてから大分時間が経った。

 長時間しゃがみ込んでいるので支えている足がしびれれる程。

 太陽は大きく傾き、夕暮れ特有の長い影を落とす。

 まさか、こんな森の奥深くで1日過ごすのか?

 追い掛けるんじゃなかった、と少し後悔。


 一段と薄暗くなった夕闇を、篝火の炎が高く突き上げる。

 黒装束の一団がにわかに動き出し、一斉に篝火に薪をくべた。


 ――なにが始まるんだ?


 怪しいその集団は、口々に何かをつぶやく。


「偉大なる屁泥へどろの王、毒のもたらし手にして全てを飲み干す、生と死の出会いたる汚泥の支配者、月の盟友にして鈍重なる貴族、我らが安寧たるあるじ屁泥の大蝦蟇マッド・トードよ!深き眠りより目を覚まされよ!」


 三日月湖の水面がざわつき、油汚れを思い起こさせる不気味な金属質の虹色の泡で包まれ、やがて、あらゆる絵の具を適当に混ぜ合わせたような土留色どどめいろとも鈍色にびいろともつかない物体が浮き上がる。


「!?マッド・トード?狂気の王マッド・ロードじゃなく、屁泥の大蝦蟇マッド・トードなのか?」


「そのようですね、カイトさん。ほら、をご覧ください」


 湖面から巨大な物体、そう、蟾蜍ひきがえるが現れた。


 ――で、でけぇ~~~!!


 二階建ての家屋の屋根の高さ程もある巨躯きょく

 象よりも巨大なそのカエル、と云うよりは、カエルの姿に似た化物は、得たいの知れないただれた皮膚といびつこぶを持ち、暗灰色の油にまみれ、強烈な悪臭を周囲に放つ。

 目の上には角のような巨大な突起物が突き出ており、爪は鶴橋つるはしの様にへしゃげ伸び、口にはゆがんだ牙が並んでいる。

 完全に、化物。

 そのおぞましさに、SAN値サンちピンチ!


 その姿を見ただけで、背筋に悪寒が走る。

 せ返るような気分の悪さ。

 顔は引きり、自然と鳥肌が立ち、目を背けたくなる程。


 ――これか?


 これが、絶対悪、ってと対峙した感覚なのか?

 何も分からないのに、知らないのに、兎に角、圧倒的にムカつく感覚、違和感。

 今は無き別ルートで出会でくわした山羊人やぎじんなんか到底及びもつかない程の気持ち悪さ。


 早く、この場から立ち去りたい。

 逃げ出したい。

 ログアウトを――


「今だァーッ、坊主ッッッ!!!!!」


 ――えッ!!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エクスカリバー・チェーンソー 武論斗 @marianoel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ