12篇「狂気の王 中編」

   ※   ※   ※   ※   ※



「見えてきましたね。あのくらいの集落なら良いかも知れません」


 それなりに民家が並び、村のていす集落が見えた。

 最初に話しを聞いた集落から北に歩を進め、集落そのものは幾つかあったものの、数世帯の寄り合いのような場所ばかりで、村とまでは云えなかった。

 夕方になり、野宿も視野に入れなければならない頃合い、その村に着いた。


 低いとは云え、柵で周囲をぐるりと囲み、木製のアーチが小径こみちと村落を区切る。

 アーチ上部には、これまた木製の看板が掛けてあり、「ようこそ、ルコアラの村へ」と文字が書かれている。

 扉や門番もいないので村への出入りは自由。

 牧歌的なイメージ。


「急にまともな村って感じの集落だね、ファム?」


「そうですね。周辺の田畑や牧場の持ち主達が取引をする為の市場、そんな印象です」


「ファイデムの町にすら周辺との仕切りに柵とかなかったのに、この村にはあるんだね?」


「見たところ、獣避けものよけですね。山野の獣が村に入り込まない為に設けられたもので、牧場の柵と同じような代物です。襲撃対策ではないようですね」


 ――成る程。

 周辺集落ってのは、農業や畜産を営む世帯が寄り合って点在し、交易の為の市場が別途存在、それが所謂いわゆる、村を形成するのか。

 何人かの住民を見掛けたが、こちらを警戒する様子はない。

 俺の芋ジャージが珍しいからだろうけど、と目線を送る者はいても、それ以上じゃない。

 旅人風の者も見掛けた。

 ど田舎の宿場町、そんなところか。


「おっ!ロクマが売ってんじゃねぇ~か!よしっ、買うぞ」――と、ダンじい


「ロクマ?」


 露天で揚げドーナツのようなものが売っている。

 てのひらサイズの小型の穴が潰れたように膨らんだドーナツを油で揚げ、取り上げたらシロップを山程掛ける。

 聞けば、南西のあぎと半島で見られる菓子のようで、この辺りではあまり見掛けないらしい。

 寧ろ、この辺りでは、北西でよく食される甘い小揚げパンパンプーシュカほうが馴染みがあり、こちらの方が一般的だと。

 簡易テーブルにドサリとロクマを置き、楽しそうに口に頬張ほおばるダン爺。

 ファムとハムは紅茶チャイの入ったグラスを人数分持ってきて、各々の前に配る。


 ――坊主ぼうずッ、一個だけ、一個だけ分けてやるよッ!

 ダン爺から貰った、そのベタベタの小さなドーナツを食べてみると、

 ――甘いッッッ!!!

 同じ露天で頼んだ紅茶をあおる。

 甘過ぎて、喰えたもんじゃない。

 何と云ったらいいのか…

 そう、病気になりそうな、それくらいの甘さ。

 日本人には、とうより、俺には、甘過ぎる。

 ファムもハムも美味そうに喰ってる。

 よく、こんな甘いもん、喰えるよな!?


「どうだッ、坊主ッ?美味いだろッ!」


「…いや、ちょっと俺には、甘過ぎるかな…油っぽいし…」


「バカヤローッ!それがいいンだろ~がァ!この外はカリッと、中はフワッと。シロップは中迄浸ってねぇ~から、生地の香りと油の旨味を両方楽しめる上、食感が堪らン!絶妙なバランス!

 小揚げパンパンプーシュカは柔らけぇ~し、甘みが足りねぇ~んだよ」


「…そうなんだ?俺は…そーだな~、これだったら普通のドーナツの方がいいかな?」


「おッ?か?ああ、もうめぇーよな、も!」


、じゃないよ、!」


「そうッ、なッ!ありゃ~、レグヌムに行かなきゃねぇーからなァ~?今度誰かに頼んで、土産みやげで買ってきてもらおうッ!」


「……まぁ、の話は置いといて、そろそろ聞き込みしないと日が…」


 ――ガバッッ!!

 突然、ダン爺がそのぶっとい腕を伸ばし、俺の肩を組む。


「しょ~がねぇーなァ!もう1個だけだぞッ、もう1個だけヤルよ、ロクマ!」――ロクマを俺の口に押し込む。


 ――え!?なにっ?

 どうしたんだ、ダン爺は?

 珍しく、いや、そもそも初めての事なんだが、ダン爺が耳元でと話す。


「カイト。デカイ声を出すな、自然な感じで話せ。で、儂の話を聞け」


「え!?あ、ああ…」


「村に入ってから、ずっと儂らの様子をうかがってるヤツらがおる。どうにも、きなくせぇ~。聞き込みの話は出すな。分かったな?」


「……ああ、分かった…」


 ダン爺は俺を放し、豪快に喋る。


「さぁ~て、旅籠はたごを探しゃにゃならんめぇ~なァ~?」


「ワシも汚れを落としたいぞな。日が暮れる前に宿を見付けるぞな、もし」


「そうですね。早めに宿を見付けておいたほうがよさそうですね。で疲れましたしね」


 ――長旅?


 伯爵邸を出たのは、今朝の話。

 やたらと遠い道程みちのりですら、少し、と云い切ってしまうファム達が、これくらいでとは云うはずがない。

 気付いているんだ、ファム達も。

 ――全然、分からない。

 こちらを覗ってるヤツがいるなんて、全くそんな気配ないんだが…


 ――あっ!!?


 飲み干して空になった紅茶チャイのグラスに映り込む、遠くの人影。

 なんだ、コレ!?

 本当に、俺達を見てやがる。

 どう云う事なんだ?


「さあ、一服ついたところで、宿を探しに参りましょう」


「ああッ、そうだなァ~!坊主っ、いつまでちびちびロクマをかじってやがるッ!行くぞッ!!」


「あっ、ああ、うん、そうだな!よしっ、行こう」



 旅籠を探す迄には至らなかった。

 そもそもこの村には、一軒しか宿屋はなかった。

 四人部屋を借り、馬小屋に馬と騾馬を預ける。

 部屋は、通りとは反対側、裏路地方向を取る。


 部屋は狭めだが、極端に狭いという程ではなく、特に汚いという訳でもない。

 日本人の俺が見て、うわ~、ってならない程度って事は、十分、まともな部屋って事だ。


 ファムはブツブツと独り言。

 成る程、なにかの魔術を行使したのだろう。


「これで音は外には漏れません」


「ああ、大丈夫なんだ?」


「ええ」


「…それにしても、俺達を見ていたヤツは何者なんだ?村に入った時から見てたのか??」


「ありゃ~、素人だ。息をひそめているつもりなンだろ~が、気配は消せてねぇーし、直接的にこっちを覗ってやがった。つまりッ!」


「この村の住人ぞな。狂気の王マッド・ロード帰依きえした者か、何等なんらかの利益を得る為の協力者か、將亦はたまた、脅されて従ってるのか、抑々そもそも無関係で、単に余所者のワシらを警戒しているだけなのか、そこ迄は分からんが、村か周辺域の住人で間違いないぞな」


「そうなってくると、村民への聞き込みはまずいよな?無関係なら取り越し苦労で済むけど、関係者だとしたら、こっちの事が筒抜けになっちゃうから、下手に動けなくなる」


「いいえ、そうとも限りませんよ、カイトさん」


「どういう事?」


「そりゃあ~、無関係なら警戒してるだけの住人なんだから、はなから問題ねぇーだろォ?

 で、だ。襲撃者に関係してるヤツらだとしてたらぁ~、そん時ゃ~、尻尾出した時点でそいつらをふんっちまやいい!」


「ええ!?それだったら、露天でお茶してる時、こっちがあんなに警戒する必要なかったじゃん?」


「小僧、其方そち、ワしらを監視するやからに気付いておらんかったぞな。そんな状況でどう立ち回れたんぞな、もし?」


「――ああ、確かに…」――ハムの云う通りだ。


「そうと決まれば、今晩はゆっくりしましょう。行水ぎょうずいと食事をとって、明日に備えましょう、カイトさん」


 俺は先に風呂を浴びに行った。

 行水と云っても、こう云う宿の行水は根本的に違う。

 伯爵邸の風呂は、シャワーがない以外、そのまま風呂と表現して間違いないが、ごく一般的なデイドリの風呂は、蒸し風呂。

 要は、サウナに近い。

 一般的とは云っても、通常の家屋には、蒸し風呂さえないのが常識らしく、あくまでも宿の話。

 湯浴みをしたい旨を宿の主人に云うと、加熱した石を持ってきて、密閉度の高い浴室にこれを入れる。

 この時、銅貨を主人に支払う。

 風呂は、別料金、だそうだ。

 浴室は2つの部屋からなっており、熱した石を入れる蒸し部屋と行水をする浴室。

 前者は熱い蒸気で部屋を満たし、汗と垢を浮き上がらせ、後に浴室に行って、煮沸した大きな葉で叩くようにして汚れを落とし、ぬるま湯と冷水で洗い流す、これが湯浴ゆあみ。

 全てではないが、どうもでは、風呂というと蒸し風呂、湯というと湯浴みや行水と解釈するらしい。

 仮に、2つの設備が用意されていたとしても、うっかり「風呂」と云ってしまうと、蒸し風呂に案内される、って訳だ。

 どうにも俺は、この蒸し風呂が合わない。

 もっと、ちゃんと体を洗いたいんだが、まあ、仕方ない。


 風呂から上がり、再度、主人に食事を頼む。

 食事は、1階のバーのような場所に来て食べるか、部屋に持って来て貰い、ここで食べるかを選べる。

 勿論、別料金。

 旅籠は、なにも宿泊施設として宿を提供するだけではないらしく、外食や蒸し風呂を宿泊客以外にも提供するのがもっぱららしく、その為、各サービスは全て別料金という訳。

 どうりで、宿賃がリーズナブルだと思った。


 部屋に運ばれてきた食事は、大したものではない。

 だが、十分食べられる。

 ライ麦パンも固くはないし、羊の肉も思った程臭くなく、野菜を煮込んだスープは結構美味い。

 いつも伯爵邸で食べていたので、それに比べれば粗食だが、想像していたよりもずっとまともな食事。

 貧しい家庭料理とは比較にならない程、デイドリの外食はマシ。


 ただ、やはり思った事は、味が薄い。

 露天で喰ったあのお菓子は異常に甘かったのに、食事そのものは矢鱈やたらと淡泊。

 なるほど、こりゃ確かに、現実ナイトメアの食事を持ち込んだら、ヒットするに違いない。

 ま、俺、飯作れないけど。


 さて、ベッドに向かう。

 入り口に一番近いところが俺、隣がダン爺、その隣がファム、一番奥の窓際がハム。

 どうして、この並び?

 窓際がいいのに。


「おい、小僧っ!」


「ん?なんだよ、ハム」


「ワシらの寝込み、襲うでないぞな、もし」


「!?だッ、誰がロリの寝込みなんか襲うかっ!!」


「ワシら、ぞな。カミクライもぞな」


「わッ、分かってるよ!!」


 思わず、声が上擦うわずった。

 よく考えたら、ファムと同じ部屋で寝るなんて初めての事だ。

 とは云え、邪魔者が。

 ダン爺は、俺の隣のベッドで既にガーガーといびきをかいて寝ている。

 まあ、なにをするって訳でもないんだが、テンション上がるよな。

 それにしても――

 うるせーな、この爺さんはっ!



――翌日



 朝から村人に聞き込みをする。

 昨日、部屋で話した作戦…作戦という程のものでもないが、ある程度指標が決まっているので、大胆に聞き込みを行える。


「伯爵の名代で、この周辺での襲撃事件の調査に来た。何か変わりはないだろうか?知っている事があったら教えて欲しい」


 ――こんな感じ。

 正に、ロールプレイ。

 役に成りきってしまえば、結構、すんなりと科白も出てくる。


 しかし、思いの外、情報が集まらない。

 情報が集まらない、って言い方は違うか。

 周辺の農場や牧場で、田畑が荒らされたり、家畜が盗まれたりって話は大抵の者が知っているのだが、どうにも、只の野盗の類だろう、と云うのが村の者達の考えのようだ。

 要は、村に直接被害が出ていないので、完全に他人事ひとごと、そんな感じ。


 村にも蔵があり、店もそこそこ揃っている。

 つまり、ある程度、備蓄された食糧が村にはある、って事。

 にも関わらず、全く被害が出ていないのは、やはり、閑散とした個々の世帯毎の農場や牧場の方が襲い易いからなのだろう。

 小さな村とは云え、人がそれなりに密集していれば、盗みや襲撃は目に付きやすい。

 どうやら、相手はそこ迄、馬鹿ではない、って事だ。


 ――!?


 不意に、背中に視線を感じた。

 思わず、振り返る。

 誰?

 ごく自然な恰好。

 汚い訳でも、目立つ訳でも、怪しい訳でもない、ごく普通の、この村の住人と何ら変わらない、いや、住人そのものと云って何ら差し支えない、その男と、目が合った、そんな気がした。

 いや、男は視線をらしたんだ。

 なに、見てんだ、

 気持ち悪ぃーな。

 そりゃ、芋ジャージは、では珍しいかも知れないが、そんなに凝視ぎょうししなくてもさ…


 ――あっ!!


 違う!

 、俺達を覗っていやがったんだ。

 この野郎ォ!


「おいっ!ちょっ、ちょ待てよッ!」――振り返りざま、追い掛ける。


 俺の目の前にファムが背を向けて立ち塞がる。


「お待ち下さい、カイトさん。泳がして、彼の跡をけましょう」


「なるほど!」


 四人は、通りを北へ向けて逃げるその男を追い掛ける。

 追いつかない程度、見失わない程度の距離を保ち、男を追う。

 いつしか、村を抜け、街道と呼ぶには細すぎる小径こみちを追い、畦道を抜け、やがて、森に入る。


 森には、獣道化けものみちかした古道こどうがあり、男はこの道を走り逃げる。

 森の中は当然、障害が多い上、脇にでも入られたら、見逃してしまう恐れもある。

 俺は、距離を詰めようと走る速度を上げる。

 ダン爺との剣術修行という名の、基礎体力作りが活きてきており、ここ迄、全く疲れていない。

 マラソン大会とか、長距離走が兎に角嫌いだった俺が、信じられない成長。

 よっしゃ、もっと近付いてやるぜ~!


「止まれッッッ、坊主ッ!!!」――怒号を思わすようなダン爺の制止。


「うおッ!」


 ――なになに?

 どうしたんだよ、急にデカイ声出して?

 ビックリさせんなよ、ったく!


「坊主、わしの後ろに来い」


「どうしたんだよ、、逃げちゃうぞ!」


「黙ってこっちに来い!」


 なんなんだよ――

 引き返して、ダン爺の後ろ、並んで後方で立ち止まっているファムとハム二人の前に引き返す。


「坊主、よく辺りを見回せ」


「ん?」


 ……なっ、なんだこりゃ!!

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