後談

 それから二十年近くが経ち、大叔父が亡くなった。

 葬儀には参列出来なかったが、仏壇とお墓に手を合わせるため、私はかの家へと出向いた。

 家の見た目は記憶のままだった。

 仏間も大叔父の写真が飾られた以外、何も変わっていないように見えた。


 母がトイレに立っている間、私はそっと仏壇の座布団をずらし、穴の有無を確認してから座った。

 あの時大叔父は、パニックを起こした私を押さえつけるなりしていたために、汗だくになったのだ。それだけでは、男の子のお母さんの行動は説明がつかないが。


 だが、ふと好奇心で仏間と居間を隔てるふすまを開けて、後悔した。


「こっこっこっこっこ」


 あの私立の制服を着た男の子がいたのだ。

 床の間の隅で、あの時のと同じように砂壁を指でつついていた。


 全く意味が分からなかった。

 この子は生身の人間だったはずだ。

 その証拠に、いつか私の祖母が亡くなった時の葬儀でも法事でも、叔母の結婚式でも見かけたあのお母さんに抱き上げられていたではないか。


 恐怖を感じた瞬間、男の子は消え去っていた。

 その子の正体は、未だに分かっていない。


 あの当時、私が何をしていたかは母から聞いていた。

 どうやら私はずっと祭壇の前に座っていて、手を合わせたまま動こうとしなかったらしい。

 その内私の姿が見えなくなったので、駄菓子屋にでも行ったのだろうと思ったそうだ。私はずっとここにいたのに。


 そうだ、あの男の子の母親は年齢を考えればご健在なはずだ。

 あの人なら事情を知っているはずだ。

 私はその人の知っている名字だけを母や親戚に訊いたが、誰もその人を知らなかった。

 面識があると思っていたのは、私だけだったのだ。

 その人の正体も、未だに掴めていない。恐らく今後も掴む事は出来ないだろう。

 私が、二度とあの家へ近付かないようにしているからだ。


 怪現象から身を守るために大切な事は、『危ない場所へは近寄らない』だと、私は確信している。

 だから自ら危険を冒すような事は極力しないと心に決めているのだ。



 あの穴に引き摺り込まれていたら、一体どうなっていただろう。

 きっと、取り返しのつかない事になっていた。


 たとえ幻だったとしても、私は大叔父と少年の母親と思しき人物に、恐ろしい事象から助けてもらった事実は揺るがない。

 だから私は、大叔父とその人に、今も感謝の気持ちを忘れずに持ち続けている。

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穴から這い出て群がるもの、引き摺り込むもの アイオイ アクト @jfresh

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