リュシアンの魔力検査(再)

「お、おそらくお兄様の魔力があまりに多いため、この試験紙では耐えられなかったようです」


 しどろもどろになりながら女性職員は、慌てて新しい試験紙を取り出した。


「失礼ですが、お兄様はどの試験紙で検査なさいましたか?ご兄弟がこれほどとなると、マノン様もあるいはこの紙では足りないかもしれません」


 エマは、さらにごそごそとカバンを探っている。


「あ、いえ…いいえ、前回の検査ではリュク…リュシアンは魔力なしと結果が出たのですが」

「……え?」


 母のアナスタジアがそう言うと、エマは再び固まった。

 しばらくの沈黙のあと、気を取り直したようにカバンから幾枚かの巻物状の紙を取り出した。最後に出した物は厚手の動物の革のようなものだった。


「すみません、マノン様の検査の後に、リュシアン様にも再度検査をさせていただきますね。こちらの手違いかもしれませんので」


 試験紙の筒をいくつかテーブルへと並べ、エマはとりあえず先ほどと同じ薄い紙を広げた。

 魔法陣に触れてしまいそうな作業をするときは、隣にいる少年が代わりに手を貸している。どうやら彼には魔力がないようである。

 魔力に反応する使い捨ての魔道具を扱うときは、彼のような人材が必要な時があるのだ。

 

 今度は、どうやらうまくいったようである。

 魔法陣は緩やかに光を走らせ、上から時計回りにぽつ、ぽつ、と淡いともしびを浮かべた。

 八つ目を光らせた後、ほわっと魔法陣自身が熱のない炎のように揺らぎ、紙の上から消えてしまった。


「八節と少しです。次は属性を調べましょう」


 この検査での魔力の量は、大まかな目安としてしか測れない。

 魔法陣の十分割された枠にどれだけ印が灯るか、そもそもどの試験紙で検査したか、それで判断するのだ。もとより幼少期の検査では、大きな魔力量を測る検査紙を使うことは少ない。

 まれに魔法使いの家系などは、これでは足りなことがあるので一応持ち歩いているのだという。


 属性を調べるのは、各属性を持つ魔石で行う。

 ポシェットのような光沢のある布で出来た袋を、エマは大切そうに取り出した。

 魔石は稀にモンスターから取れるもので、そこそこ貴重なものである。特定の属性にしか反応しないので、これで使える魔法がわかるのだ。


 ちなみに長男ファビオは火と土、次男のロドルクは無属性という結果だった。

 無属性とは魔法使いタイプでないことを意味する。ただし魔力や属性が無い、という意味ではない。無という属性なのだ。

 属性とは魔力を出力するための、いわゆる窓口である。

 持っている魔力を、どの出口を使って放つかによって魔法の種類が変わるのだ。

 そして、マノンの属性は風。

 風の魔法には守護や癒しなどの補助系や、攻撃魔法もある。どちらを伸ばしても汎用性に富んだ属性だ。

 マノンもほっとしたようだった。

 そんな彼女を部屋から退出させた後、改めてリュシアンの魔力を測定することになった。

 さっき紙ごと燃えてしまった巻物の、数段上の和紙のように厚手で装飾のあるものを、改めてエマがカバンから取り出した。

 扱う手つきからして、それ自体が高級なものらしい。先ほどの反応からするに、かなり上の試験紙でないとダメだと判断したのだろう。文字が潰れるほどの緻密な魔法陣が書かれたそれに思わず目を奪われる。

 

(字、細かっ…!)


 リュシアンは、変なところで関心していた。

 話には聞いていたが、本当にこの魔法陣というのは書くのが大変そうだと思った。

 実際、この魔力検査も鑑定のスキルを持っている者であれば魔法陣の巻物は必要ない。だが、鑑定のスキルを持つものは稀で、おもに重要なポジションについていることも多く、彼らを雇うことの方が難なのである。

 だからこうして魔法陣を書いた巻物を使うのだ。

 魔法陣の巻物は、魔力さえあれば誰でも、どんな属性魔法でも、スキルでさえ使える。むろん特別な魔法や個人特有のスキルなど、例外はあるらしいけれど。

 じゃあ、属性なんて関係ないじゃないかとも思うが、事はそう簡単ではないらしい。

 その辺の詳しい事情はリュシアンにはわからなかったが、取りあえず今は検査に集中することにした。

 ドキドキと胸が高鳴る感覚に、自分でも気が付かないうちに前のめりになっていた。

 なにしろ、無いと思っていた魔力があるかもしれないのだから無理もない。

 

(――僕にも魔法が使える…、かも?)

 

 リュシアンは、そっと魔法陣に触れた。先ほどの紙消失事件のせいで、すこしびくついていたことは内緒だ。


(今度は、……うん、紙は燃えなかった。)


 けれど、すごい勢いで魔法陣の外周がぐるりと眩しく輝き、フラッシュのような光をまき散らしながら、次の瞬間には燃えるように消失したのだ。

 この間、約1秒。

 とにかく反応が激しい魔法陣に、リュシアンは思わず目をぱちぱちと忙しく瞬いた。テーブルの上には先ほど同様、何も残ってない。燃えたというより、弾けて消えたという感じだった。

 どう判断していいのかわからず、リュシアンは大人たちを見た。

 母親を顧みると、いささか困惑した顔をしている。

 エマに至っては、しばらく放心したように真っ白になった試験紙を見つめていた。


「え、えと。い、いいえ、大丈夫です。まだ上の検査魔法陣も持ってきてます」

「いいえ、待ってください」


 ここでアナスタジアが待ったをかけた。

 一番高級そうな動物の革で出来ている厚手の巻物をほどこうとしていたエマは顔を上げた。


「リュシアンはまだ五才、そこまで正確な数値は必要ありませんわ」

「…ですが、奥様」


 おそらく純粋な興味があるエマはひどく残念そうだ。


「必要ありませんわ、エマさん」

「は、はい」


 もう一度、にこやかにいう伯爵夫人にエマはのけぞるように頷いた。


「で、では属性の方を調べましょうか」

「ええ、そうね。よろしくお願いします」


 なんだかわからないが、魔力がないと思っていたリュシアンにいきなり判明した事実。嬉しくないと言ったらウソになる。

 けれどアナスタジアの表情は複雑だったし、素直にもろ手を挙げる気にはなれなかった。

 なぜならリュシアンには、母親の懸念が手に取るようにわかったからだ。

 これ以上は余計な騒ぎになる、と。

 命を狙われているリュシアンにとって、何かにおいて特別なことは決して喜ばしいことではないのだ。

 そうしていざ属性の判定をしてみると、期待をよそにほとんどの属性に反応しなかった。いや、正確には無の属性はあった。だがそれは魔法使いとしてはほとんど意味がないということだった。

 幸か不幸か、エマの興味はいささか薄らいだようにみえる。

 それはよかったのだが、むろんリュシアンはガッカリした。

 

 先ほども触れたが、属性というのは魔力の出口だ。

 火、風、水、雷、土、光、闇の七属性のいずれか、または複数が使えてこその魔法使いなのだ。ちなみに複数の属性が使える者は、複合属性の魔法を操る者もいるらしい。

 無属性はそれらとは別物、いわゆる「気」のようなものだ。

 身体強化、体力の自動回復、各種レジストなど。もちろん利便性はよく、魔力が大きければかなりの身体能力の底上げが可能といえる。

 だがこれはどちらかと言えば近接武器向きの能力だ。

 実際、複数の属性を持つ魔法使いに特化した者は、なぜか無属性をうまく使えないことが多い。そのため無属性はむしろ魔法ではなく、剣術や体術などに分類されていた。


 そうはいっても、どうやら魔力だけは豊富にあるようなので、この貧弱な身体でも武器で戦えそうなのがわかって素直に嬉しい。

 リュシアンは、兄の剣術指南の先生に無属性魔法のことを聞いてみようと張り切った。

 こうしてリュシアンの魔力検査は、無事(?)に終わったのである。

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