詠唱VS魔法陣

 前世の記憶を取り戻したのが原因か、はたまた生死の境をさまよったのが原因か、リュシアンに皆無と思われていた魔力があると判明した。しかも、かなり多いらしい。

 らしい、というのは正確には測らなかったからだ。

 とにもかくにも魔力があったというだけでもこれからの展望は広がった。


 いろいろ調べたいこともあったので、さっそく父の書斎に来ていた。今なら文字もばっちりである。

 リュシアンの属性は、無。

 家族の中では、次兄ロドルクと同じである。

 だが、ロドルクにとっては重畳でも、リュシアンにとっては微妙な、むしろ残念な属性と言っても過言ではない。もともとロドルクは剣術に長け、騎士になりたいといっていたので身体強化や自動回復などの特性を持つ無属性は便利極まりない。

 逆にリュシアンのように魔力が豊富にあるのに、無属性というのは宝の持ち腐れといえるのだ。


 リュシアンにとっては落胆甚だしいが、仕方がないと諦めるしかなかった。

 本棚から、前に気になっていた本をいくつか引き出した。

 陣のような図形がいくつか書かれた本。文字が読めるようになってみると、これらが錬成陣と魔法陣だと理解できた。

 錬金術の本をとりあえず横に置いて、今回は魔法陣が描かれた本を選んだ。

 ページ数は少なく、表紙はやたら豪華な薄い本。

 ここにあるのはこの2冊だけだ。

 そして魔法の書籍の中から魔法陣関係のことの書かれた本を選び、それら数冊を机に並べた。

 開くと、魔法陣がいくつか書いてあった。もちろんこれはただの転写なので、その魔法は使えない。

 緻密な文字列に囲まれた陣。

 その文字は、呪文にも使われる特別な言語で一般的なこの世界の文字とは違った。

 魔法を覚える者は、この言語も覚える必要がある。もちろん、呪文を唱えるためだ。

 けれど、魔法陣に描かれている呪文を全て唱える必要はない。それが属性を持つ者の強みだった。

 属性(魔力を力のある形に変換する)という膨大な情報が、もともと体に備わっているからだ。それらを文字にし、一から十まですべて呪文として羅列して描いているのが魔法陣である。


 最初のページに書かれた魔法陣。

 とんでもなく複雑で、隙間もないくらいに呪文で埋め尽くされているそれは、火属性初級「ファイアポム」と記されていた。

 おそらく火属性を持つ者なら小さな子供でも唱えることができる魔法だ。

 詠唱ならほんの一言の呪文が、魔法陣だと幾何学模様のように所せましとひしめく難解な言語で埋め尽くされた代物になってしまう。


 しかも魔法を発動させるには専門の写生のスキルを使い、さらに特別のインクを必要とするのだ。

 写生のスキルはそこまで珍しいスキルではないが、緻密になればなるほどスキルレベルの向上が必要となるし、所要時間もかなりのものになる。

 使用するインクは、魔水と呼ばれる特別に精製されたものを混ぜる。これは錬金術の仕事だが、決して安価な代物ではない。

 要は、面倒くさいのだ。

 属性があれば簡単な呪文一つで済むことを、これだけの手間と費用をかけるだけの価値がないということだ。

 これが魔法陣の巻物が普及しない理由である。

 魔力さえあれば、誰でもどんな魔法でも使える便利なはずのツール。

 けれどそれは鑑定のような希少な魔法の、救済的な手段でのみ意味をなす代物になってしまったのだ。

 小さくため息をついて、ページをめくろうとしてふと違和感を覚えた。


(――あれ?)

 

 顔を上げて、リュシアンは驚きのあまり目を瞬いた。

 そこには宙にぼんやりと魔法陣のようなものが浮かんでいた。

 思わず触れようとすると、それは形を失って崩れてしまった。


「え、今のなに?」


 もう一度、本に目を落とす。

 そう、この形だった。ほんの一瞬だったけど間違いない。

 顔を上げると、やはりぼんやりとが宙に浮いている。慌てて手を伸ばすが、結果は同じ。すぐに崩れて、空中に流れてしまった。

 そして気が付いた。

 リュシアンの頭の中には、その魔法陣が焼き付いていたのだ。こんなにとんでもない細かな魔法陣の隅々まではっきりと、記憶していた。


(いやいやいや、記憶力がいいとかそういう問題じゃないぞ。)


 試しに書き写してみようかと思ったが、それはできなかった。写生のスキルってわけじゃなさそうだ。なんだろう、念写? と、適当に思い浮かんだ現象を呟いたが、すぐに首を振った。


(そんなスキルが本当にあるかどうか……)


 でも、すぐに消えてしまうそれを確認する術もなかった。もしかして、魔力検査の時のように触れられれば魔法が発動するかとも考えた。

 不用意に触れて、あの時は試験紙をを燃やしてしまったが、そもそも魔法陣の巻物の発動条件は触れること。魔力が魔法陣をくぐることで、魔法が発動するのだ。

 ちなみに蛇足ではあるが、対象の魔法を発動するだけの魔力がなければ不発に終わるし、使い捨てなので魔法陣も消えてしまう。高価な上位魔法の巻物も一瞬で紙くずになってしまうリスクがある。

 そもそも触れれば発動、というのもある意味危険だ。そういう扱いの面倒さ、リスキーさみたいなものも魔法陣が広く出回らなった要因の一つかもしれない。

 リュシアンは、本に描かれた魔法陣を指でなぞった。

 もちろんインクで書かれたそれが反応することはないが、もしかしたら「魔力」を使ったものなら…、で描いた魔法陣なら魔法は発動するかもしれない。

 リュシアンは、自分の思いつきに興奮を隠しきれなかった。

 インクに混ぜる錬金術で作った魔水は魔力の代わりなのだ、可能性はある。


 けれど、当然ながら簡単にはいかなかった。

 先ほどから何度やっても魔法陣は完成しないのだ。まるで揺れる水面に描いたように、すぐにゆらりと歪んでしまうのだ。


「あー…疲れた」


 もし今、MPがわかったとしたら相当減ってること間違いなしである。

 リュシアンは脱力したように机につっぷした。くしゃり、と白紙の紙が腕の下で音を立てる。

 それは、メモを取るために用意していた白紙の紙。


「あ…!」


 最初にに出現したから、失念していた。

 魔法陣は紙に書かれていると気が付いたのだ。


(それに念写といえば、写真だよね。)


 デジカメになってからというものあまり聞かないが、昔はよく霊とか超能力だとかでそんなの聞いた気がすると、リュシアンは強引に納得した。

 もちろんやってみる価値はあると、さっそく彼は実験を試みることにした。

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