第7話「準備完了」

 海塚の調査は思ったよりもすぐ実を結んでいた。対象者の名は安藤美香。三十年ほど前、あの空き地が出来るもととなった土砂崩れによって死亡していた。

 死亡記録を調べてわかったのはこれだけだが、海塚はここから更に、狛犬の力で親族や親しかった者に行き付き、詳しい事情を聴いて回っていた。


 その報告によると、安藤美香はその日、はじめてできた彼氏と星祭に行く約束をしていたらしい。だが当日は生憎の雨で中止。それでも、二人は初デートにと当時開発工事で開けていた現在の空き地で待ち合わせをしたらしい。工事が入って地固めをしているのだから大丈夫なはずだと――。


「辛気臭いな裕哉。そんな顔では良い考えもまとまるまい」

 そう背後から声をかけられ振り返ると、声の主である光里が屋上出入り口の壁にもたれて腕を組んでいた。


 その顔は灯里と同じものだというのに、どこか大人びた表情を浮かべており、裕哉は見透かされているかのような居心地の悪さを覚える。同じ顔でも灯里は小動物じみたというか、ころころと大きく変わる表情に大きな目が印象に残るのに、光里は目を細め、落ち着いた様子を見せているため、相対した時の感覚はだいぶ違っていた。


 場所は閉鎖されている学校の屋上である。作戦場所である神社への道が、ここからなら一望できるので、準備を終えた裕哉は確認しようと鍵を外して侵入していたのだった。


「星祭は今夜だ。もう考える時間は終わったよ。あとは実行するだけだな。ひかりにも一役買ってもらうんで、よろしく頼む」


 石畳に立ち並ぶ屋台の準備を遠目に見ていた裕哉は、配置した結界の位置間隔を確認し終えると、改めて光里の方へ向き直った。頼み事をするときによそ見をしていたら、光里に何をされるかわからない。


「それは良いよ。良いけど、今回はどうにも回りくどいな。露見してすぐに、それこそ根が深くなる前に、根こそぎ剥ぎ取ってしまえば済んだ話だろう? 多少後遺症が出たとしても、命に関わることと天秤にかけることではなかろうに。かく身内となるといつも甘いな裕哉。よって今からでも剥ぎ取るというのはどうか。案じずともすぐに済むぞ」


 光里は語りながら裕哉の隣へとやってきて、軽く下界を覗き込む。かけてきた言葉とは裏腹に楽しそうに。


「ひかり、角が見えてるぞ」

手すりから身を乗り出した光里に、下からの風が吹き付けて、白くなっている長髪をかき乱していた。そして、その髪に隠されていた、額に生えた黒き一本角があらわとなっている。


「なに、ここには我らのみ。喜べ、二人きりだぞ」

「監視対象だろうが。今も多分、視られてるぞ」

「そこらの唱門師しょうもんじにひかりは狩れんよ。井上の小僧然り、鬼遣い程度ではな」


「だからって見せびらかすなよ。俺たちは黙認されているだけだ。あぐらをかいた途端、いつ再封印になってもおかしくはないんだからな。それと、剥ぎ取る件は却下だ」


「困った奴だな。ま、契約者の選択は尊重しよう。ただし姉としては苦言を呈する。慰みに甘いものを奢れ」

「どっちが困った奴なんだかわからねぇ……」


「しかし、依り代としてはもえの方が適任だろう。何故そこらの小娘にやらせる」

「第一に、大神田は血筋的に強すぎる。下手に定着したら祓いにくいし、繋がった荒魂の力が増すかもしれない。相性が良すぎるのも問題ってことだな。第二に、大神田の気持ちは複雑だが、吉岡の気持ちはわかりやすい」


「なんだ、気づいておったか」


「あそこで言い出したというのが決め手だが。まぁ、普通に考えて。いくら三嶋の声が大きいからって、小川の傍を帰っている奴が空き地の声に気づくとは思えない。よしんば気づいたとしても、あの道を通ったうえで更に助けを求めるとはな。デート気分になってもらわないと困るんだ。その点、相手をよく知らずに恋だけしている吉岡のほうが、安藤美香と同調しやすい」


「なんて冷たい奴だ。ひかりは悲しい。そんな非情な子に育てた覚えはないぞ裕哉」

「さっきは甘いとか言ってたくせに調子が良い奴だな……。命がかかってる以上、勝算の高いほうを取る。それだけだ」


「ふん。勝算をとるというなら剥ぎ取ってしまえ。お前が救おうとしているものは、三嶋のサルか、大神田のもえか。それとも安藤美香か。全てを掬いあげていてはいずれ網は破けるぞ」


 言うだけ言って、光里は引っ込んだ。白かった髪は端から黒く染まっていき、生えていた角は小さくなっていく。虹彩も紅の色が薄れ、黒くなりつつ閉じられた。


「あれ、兄様。光里様戻ってしまいましたか。協力してくれそうですか?」

 次に目を開いたのは、表情を緩めて微笑む灯里だった。


「ああ。姉としての文句は言われたけどな」

「良かった。あの、文句というと……やっぱり?」

「見抜かれてたよ。だがまぁ、全てを力づくで排除するようなのが嫌で俺たちは家を出たんだ。ここで折れてちゃ意味がない。やるだけやろう」


「そうですね。それでこそ兄様です。あかりも及ばずながら力添えを」

「頼りにしてるさ。よろしく頼む」

「はい」


 下準備や調査、そして安藤美夏と吉岡の路は既に繋げ終えている。ここまでの調査や路は海塚の巫女や守護者としての力に任せきりだったが、ここから先は自分たちの領分だ。

 裕哉はそう気を引き締め、今一度今夜の舞台である星祭の会場を見下ろした。


 二人のデートまで、あと半日。

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