第6話「作戦会議」

「どうしてそんなになるまで気づけなかったの」


 裕哉が部室に戻り、何やら落ち着かない面々に三嶋の件を伝えると、真っ先に声をあげたのは大神田だった。

 いつも飄々としている大神田にしては珍しく、その発言は責めるような声色を帯びていた。


 裕哉は、思ってもいなかった反応を前にすぐには言葉が出てこなかった。事前に気付けなかったのは事実だが、この段階で気づけたのはむしろ運が良い。そうは思えど、そんな正論で彼女の怒りはおさまらないだろう。


「あの、萠様。あまり兄様を責めないでください。気付けなかったのは私たち全員ですし、霊や化生というものは普段からそこかしこに居るものですから。ただそこにあるというだけですべてを祓うほど、あかりや兄様、海塚様も傲慢ではありません。触らぬ神に祟りなしの言葉通り、触れた時にそのものが荒魂あらみたまとなるのか、それとも和魂にぎみたまとなるのか。それは受け手の解釈次第でしかありませんから」


「じゃぁ今回はてるが悪いってこと?」

「いえ、そういうわけでは……」


 フォローに入った灯里にも大神田は噛みついた。灯里としても、大神田の怒りの大元は三嶋のことが心配だからこそのものであるため、その気持ちがわかる以上あまり強く言うことができなかった。


「萠、気持ちはわかるけど頭を冷やして。今はどう対処するかでしょう? この段階で事がわかったのは不幸中の幸い。それとも、萠は三嶋君を助けたくない?」


「そんなわけ……! そんなわけ、ない。いくらてる、ううん三嶋でも。うん、ごめん。いくら三嶋でも、壁とお話しする最期なんてかわいそうだもんね。みんなごめん、ちょっと感情的になってた」


 見かねた海塚の介入で、大神田は少し落ち着いたのか、ピーチティをあおるともう一度全員に謝った。


「楽観はできない。音からすると相手は三嶋の生命力、つまり精力を啜っていた。そしてこちらが“いない”と言ってもかわされる。放課後にそんなそぶりはなかった。短時間のうちにそこまで取り込み、根を張っていること。女性が男性を誑かし命を喰らっているという構図。おそらく飛縁魔ひのえんまに類するものだと思う」


「そこらの浮遊霊じゃ無理だものね。となると、そこまで成っている、あるいは名を利用して手っ取り早く形を得たタイプ。でも飛縁魔なら根を張るかしら。同じように縁故を使うのは化生や精霊の雪子あたり?」


「ろくろ首とかも飛縁魔の亜種だが、今回のは実体化していない」

「黒いもや、ね。根ざさなければ保てないなら、あやかしに至ってないか名前と性質を借りているだけ、というところ?」


「だな。ただの飛緑魔なら名前なんてつけないし、祭りに一緒に行くなんてまどろっこしい話にもしないだろう。それに、祭りの話になった時に響いた音。あれは悪意ある音じゃなかった。だから海塚、お前は星祭りに未練のありそうな死亡事故を調べてみてくれ」


「わかったわ。その線でいきましょう。飛縁魔の型を利用した荒魂の集合体と仮定して、核にされた霊の特定ね。周辺の結界や護符の備えはお願いできる?」

「ああ、俺とあかりで準備しておく」


「えっと、どうなったんですか?」


 慣れた調子で話をすすめる裕哉と海塚に、門外漢となっていた吉岡が疑問を発していた。色々不安なうえに部室についたらついたで喧嘩未遂。揚げ句二人はよくわからないことを話して自分たちだけで納得している。事の発端者でもある吉岡としてはおおいに不満だった。


「ええっと、吉岡さん。あとは私たちに任せてくれればいいから」

「大丈夫なんですよね三嶋君」

「なんとかする」


「具体的には?」


 自信満々に――、少なくとも吉岡に裕哉の態度はそう見えたが、だからといって、付き合いの浅い蒐集部の面々を完全には信じることができなかったのと、説明らしい説明を受けていなかった不満もあって、つい吉岡は聞いてしまっていた。


「海塚の調査次第だが。核になっている霊の未練を解いてやれば、利用している荒魂たちの飛縁魔としての依り代が崩れる。そして根を張った状態が切れた瞬間に、荒魂の集合体だけをひかりが討ち取れば三嶋に影響なく解決できるはずだ。問題は、ミカという霊の未練が解かれるのが先か、三嶋の生命力が吸いつくされるのが先かだが」


「そうね。核となった霊の特定次第、みちを繋いで。誰かに憑依させる形を取った方がいいかもしれない。そうすれば、少なくとも二人分の体力を吸いきるまで、祭りまでもつと思うし、なにより事あるごとに一人でいる状態を誤魔化す必要がなくなるわ。認識のズレが続くと三嶋君の負担が大きいから。彼女役は……萠、お願いできる?」


「まぁ、私しかいないか」

 何か役立てることはないか、と聞き耳をたてていた大神田は水を向けられ、すぐに返事をしていた。それは、精気を吸い取られるという危険な役回りではあったが、腐れ縁である三嶋を助けるためだ。


「絶対安全とは言えないし、精気を吸われるのはなかなかしんどいとは思うが」

「ま、このまま三嶋に死なれても目覚めが悪いもんね。仕方な……」


「それ、私がやってもいいですか」


 まとまりかけた話を、横からの声が止めた。発言したのは発端者、吉岡である。その目に、部室に入ってきた時のような迷いや戸惑いはない。そこにあるのは決意を固めた、真っ直ぐで真剣な光だった。


「……え?」


 予想外の言葉に周囲は困惑していたが、その中で、今まさにその役を受けようとしていた大神田から、戸惑いの声が漏れていた。

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