第42話 ナツゾラとコツゴモリ

 同じ制服の集団は、全員倒された。

 爆発させられなかったのが不幸中の幸い。棒を受けて気を失っている。

「ボク、いってくる」

 いつのまにか近くに来ていた、ボサボサな髪の人物が喋った。

 笑顔になるヤヨイ。

「よかった。無事で」

「まさか」

 カケルが呟いた。

 タクミとスズネも気付く。複雑な表情を浮かべた。

「いつもは何もできないけど、いまなら、みんなを助けられるね」

「なに言ってるの? 一緒に逃げよう」

 ヤヨイは、シララの手を握った。心が震えている。

「みんな、ヤヨイのこと、よろしくね」

 ヤヨイは三人に取り押さえられた。前から抱きつくスズネと、それを支えるタクミ。うしろから羽交い絞めにするカケル。

 シララが、銀髪の少女のほうへと向かっていく。力強い足取りで、舗装された広い道をふみしめる。

「嫌われてもいい! 絶対に、離さない!」

 短髪の少年が叫んだ。


 灰色の広場に面した歩道。街路樹のならぶ場所で、二つの人影が近づく。

「力を、分けてください」

 シララは、目の前の少女に告げた。

 銀髪の少女が、わずかに眉を下げる。街の爆破をやめた。

「その力、邪魔だ」

 少女の手に、薙刀なぎなたが握られた。光を放っている。色は、黒かった。

 ヤヨイにはその様子が、ひどくゆっくりと見えた。

「やめて!」

 ロングヘアとスカートを激しく揺らし、少女は手をのばした。三人を引きずる。届かない。

 強く念じた。

 なにもできない。あと8メートル。

 見ていることしかできなかった。

 黒い薙刀が振り下ろされる。

 とうふを切るように、道路に線が入る。穴が開いた。

 黒い服の少女は、武器を消した。

「生身だと、少し走るのが遅れますね」

 白地に黒い格子柄こうしがらの服の青年が、誰かを抱きかかえている。長袖だ。

 すこし前に、建物の陰から走りぬけたメガネの青年。広場の向かいで、シララを歩道に寝かせる。

「ナツゾラさん!」

 目に涙を浮かべていたヤヨイが、嬉しそうに叫んだ。スズネとタクミが振り返る。カケルは、後ろから抱きついたまま。

「落ち着いてください」

 ナツゾラは、穏やかな雰囲気で銀髪の少女に話しかけた。

 相手は敵意を向けている。

 世界の全てを敵にしているような、暗く、悲しい目。


「能力バトルをしましょう」

 ナツゾラは、銀髪の少女に言った。

「拒否されて、一方的にやられるのがオチだぜ」

「そうよ。早く止めないと」

 たれ目ぎみのタクミとつり目ぎみのスズネは、道路のまんなかで慌てていた。

 しかし、攻撃がおこなわれる気配はない。

 黒い服の少女は、別の意味の言葉を発する。

「ああ」

 道路をはさんで向かい合う二人を中心に、まるい光のドームが広がっていく。

 町を全て包み込み、さらに広がる。大陸も全て包み込む。別のいくつかの大陸や島々を包み込んで、止まった。

 肉体が、光の壁に包まれる。

 そこから分離してあらわれた、精神体。

 白地に灰色の格子柄の服になったナツゾラは、かたなを発生させた。

「いくら強くても、本体を狙われると、まずい」

 短髪のカケルの頬に、汗が流れた。

 すでに、ヤヨイは身体を自由に動かせる。そして、何もできなかった。


 かつてない広さの戦闘空間。

 能力者のほとんどが、異変に気付いた。動物たちは変わらない。いつもどおり。

 ナツゾラと銀髪の少女は、光のドームで惑星の4分の3をつつんでいる。

「私は、彼女を救いたいのです」

 メガネの青年が、ヤヨイたちに向けて話した。

「人間に絶望した時の年齢で人の心を失い、力が物理世界に影響するようになった彼女は――」

 そこまで話すと、黒い服の少女が薙刀を手にした。

 ナツゾラも刀を構えた。つづきを話す。

「力が暴走し、成長が止まっているのです」

 少女は、機敏きびんな動きを見せた。移動系の能力を肉体にも使っている。

 二人が激しくぶつかり合う。

「私は、コツゴモリを救いたい」

 青年はもう一度、自分の気持ちを伝えた。


 メガネの青年は、鬼神のごとき強さを見せる。

 流れるような動きで、力強く刀を振るう。誰の目からも優勢に見えた。

 コツゴモリは、薙刀で攻撃しつづける。勢いあまって四角い建物に亀裂が入った。

 広い道路で、ふたつの武器が火花を散らす。

 二人は何かを話しているようだった。目にもとまらぬ速さで駆け回っていて、周りの人たちには聞きとれない。

 空中にゲージがないため、残りの精神力は不明。

 見守る者たちは、ただ眺めるだけ。

 ナツゾラの本体がある場所に歩き出す、ヤヨイ。気付いたカケルが、あとを追う。

「僕らには、何もできないよ」

「じっとしていられない」

 赤い服の少女は前に進む。ナツゾラの肉体がある、光の壁の近くまでやってきた。

 コツゴモリが弾を発射。

 銀髪の少女は、ナツゾラの本体を狙った。

 ナツゾラは、弾が飛んでいく場所を見た。

 物理世界に干渉できる攻撃が肉体に当たれば、無事ではすまない。

「あの距離からじゃ、間に合わない」

 カケルの口から思いがこぼれた。ヤヨイを連れて離れようとする。振り払われた。

 とっさに手を伸ばしたヤヨイ。

 心から、ナツゾラを助けたいと思った。コツゴモリの力になりたいと思った。

 きらめく光。

 手の先、何もない空間が光る。

 球体きゅうたいの光の壁が発生し、迫る弾は防がれた。

 干渉できないはずの戦いに干渉した少女。驚いた表情を隠せない。

「おや。助けられてしまいましたね」

 本体に戻ったメガネの青年は、微笑んだ。

 戦闘空間は、まだ消えていない。


 車の走っていない道路のまんなか。離れた場所から見ている銀髪の少女。

 ヤヨイたちの側には、白地に黒い格子柄の服のナツゾラがいた。能力を使ったまま、肉体と共に活動している。

「分離せずに戦うことができたんですね」

「その話は後です」

 カケルの言葉のあとに、ナツゾラはすぐ言った。ヤヨイが聞く。

「一体、何が起こったんですか?」

「ヤヨイさんは、彼女と同等の力を得たようです」

 話を聞いて、今度はすぐにカケルがたずねる。

「大丈夫なんですか?」

「ええ。憎しみとは対極にある力、ですね」

 ナツゾラの場所に、コツゴモリはゆっくりと近付く。目には憎悪ぞうおが宿っていた。

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