第33話 シララの力

 スズネとタクミが弾を撃ち合っている広場。

 カケルは、これまでに感じたことのない気配を察知して振り返った。

「どうしたの?」

 左に座るヤヨイが、背中を見ながら心配そうに聞く。

 見物人の中に、ボサボサな髪の人物が立っていた。十代半ばで、ゆったりとした服を着ている。

 色が複雑ふくざつに混じり合った、不思議な服。

「待って」

 カケルは、逃げるように去っていく人物を追いかけていた。

 ヤヨイもあとに続く。


 ボサボサな髪の人物には、すぐ追いついた。

 街路樹がならぶ広い歩道で、苦しそうにしている。人々の通行の邪魔にはなっていない。

「大丈夫ですか?」

 すこし眉を下げているヤヨイが、背中をさわった。

「触らないほうがいい。多分その人は――」

 カケルの言葉の途中で、異変に気付くヤヨイ。

「何? 戦ってもないのに、力が」

「ランクZだよ。現存する人は、いないって話だけど」

 ヤヨイは、自分の力が目の前の人物にわれていくのを、はっきりと感じた。

「なんで、力を分けてくれたの? ボクなんかのために」

 十代半ばの人物が喋った。かわいい声だ。

 ヤヨイは心からの声を掛ける。

「なんで、って、助けたいから」

「助けられても、何もできないよ」

 ひどく自虐的な人物の心情を、カケルは察する。

「能力バトルができないからって、ほかのことには関係ない」

「苦しいときに、人から力を吸い取るなんて、変だよ」

 ボサボサな髪の人物は、自分のことを肯定できていないようだった。ヤヨイが表情を緩める。

「優しいんだね」

「なるほど。苦しくなるのは、その体質のせいじゃなくて、心が弱ってるからだよ」

 カケルが断言した。

「関係、ない?」

「そうだよ。心が弱ると、体も弱っちゃうんだよ」

 ヤヨイが力説した。

「わたしは、ヤヨイ」

「僕は、カケル」

「シララ」

 名前を告げた、色が複雑に混じり合った服の人物。髪に隠れて表情がよくわからない。

「つらくなったら、来て。力を分けてあげるから」

「精神力のあふれてる人が、四人もいるからね」

 ヤヨイとカケルは、やさしく微笑んだ。

「……」

 何も言わないシララ。その手を取るカケル。

「一緒に模擬戦を見よう」

 広場に戻ると、まだ戦いは続いていた。いつもどおり、白い建物の前に座る。

 シララの手をにぎり続け、違和感を覚えたカケルが言う。

「力が吸われてる感じがしないけど?」

「相手が、あげたいと思わないと、駄目だめ

「何だ。じゃあ問題ないね」

 シララの言葉を受けて、カケルがあっさりと言った。

「助けたい人が助けるんだから、普通のことだよね」

「……」

 ヤヨイの言葉を聞いたボサボサな髪の人物が、何も言わずに手を離した。

 少年少女たちは、模擬戦を眺める。


「お。何だ? 新しい友達か?」

「あら可愛かわいい」

 模擬戦を終えたタクミとスズネが、シララに声を掛けた。

「……」

 しかし何も言わず。ヤヨイが代わりに告げる。

「この子、シララっていうんだけど。ひょっとしてわたし、すごいことになったかも」

「え? どういうこと?」

 カケルの疑問には答えず、ヤヨイはタクミの手を取る。

「何だ。手を握るならカケルの――」

「わたしに、力をあげたい、って思ってみて」

 ヤヨイが言って、タクミはすぐうなずいた。

「まさか」

 カケルが何かに気付いた直後、タクミは力を消費する感覚に襲われた。


「大丈夫? 模擬戦しよう。すぐ」

「うん。大丈夫だよ」

 慌てた様子のカケルは、ヤヨイと模擬戦を始めた。緑の服のカケルと、白い服のヤヨイが立つ。

「うーん。どこも変わった様子はないね」

 カケルは、ヤヨイの身体をあちこち触りながら言った。

「大丈夫だってば」

「念のため、戦ってみよう」

 慎重なカケル。まるい広場で戦ってみたが、普段と変わりはない。

「ちょっと、説明してよ」

 何が起こっているのか分かっていないスズネ。

「シララは、ランクZなんだよ」

「戦ってないのに、真似できちゃった」

 カケルとヤヨイの簡潔かんけつな説明。シララは何も言わなかった。

「凄いな。ランク決めるときに相手から力を吸えば、楽々Aだぞ」

「そういうことは言っちゃ駄目だと思うわ」

 タクミの言葉に、スズネは苦言をていした。

 そのあとで、二人はシララに名前を名乗り、いつでも来ていいと言う。シララを抱き締めるスズネ。

 シララは困惑するばかり。

 ボサボサな髪の人物は、注目されたくないから申請しないと語った。

「思ってたのと違ったよね。噂がひとあるきしてるっていうか」

「うん。普通だよね」

 カケルとヤヨイが、去っていくシララを見つめている。


 さらに、模擬戦は続いた。

 みっちりと基礎訓練を行い、夕方になる。

 カケルの部屋で夕食が作られた。ぎこちない手つきに、ヤヨイの口元が緩む。

 食後は、いつもどおり模擬戦。シララの姿は見えなかった。

 歯磨きのあとは、やはり暗くなるまで戦いが続く。人間離れした精神力である。

「おやすみ」

 皆、挨拶をしたあとで自分の部屋に戻った。

 お風呂に入り、寝支度をしたヤヨイ。幸せな顔で眠りについた。


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