第17話 分離時間の限界

 能力者の聖地せいちと呼ばれる町を目指すヤヨイたち。

 ナツゾラから町について聞かされたのは、一人だけ。四人は草原の南を向いている。

 聖地から二つ手前の、小さな町へ歩いていく。自動車のほとんど通らない、だだっぴろい道の左側の歩道を。それぞれの荷物を背負って。

「よかったね」

「うん。カケルを助けられてよかった」

「そうじゃなくて、分離できたじゃないか。おめでとう」

 短髪の少年が、優しい声でロングヘアの少女を祝福した。

「何が起こったのか、詳しく教えて欲しいわ」

「右に同じ」

 ミドルヘアの少女と、普通の長さの髪の少年は、興味津々きょうみしんしんだ。

「わたしのせいだと思って、助けなきゃ、って思ったら」

「ふむふむ」

「目の前が光って、飛んでた」

「ああ、青春だな」

 スズネとタクミは、微笑んで二人を眺めつづける。

「自分よりも相手を助けたいという心が、発動のきっかけってことか。それなら色々納得できる」

「仲間を思う心、っていう感じかな? よく分からないけど」

 それを聞いたスズネとタクミは、顔を見合わせた。


 しばらく歩いた四人。

 まだ町に着かなかった。

 季節が春ということが幸いして、傾いた日で気温は上がらない。

 周りが緑に覆われているのも救いだ。荒野なら、さらに体力を奪われているところだった。

「飛べばすぐなのに」

 ヤヨイは、体よりも心が疲れていた。本人に自覚はない。

「能力を使ってるときは、本体、動かないからな。無理だな」

 軽く言って、タクミが笑った。

 何度も休憩しながら、ヤヨイ組は歩く。

「もう少しよ!」

 スズネが気合いを入れた。

「何とかなりそうだね」

 カケルは平常心を保ったまま。夕食の時間よりもすこし早く、四人は小さな町に着いた。

 遠くに、高くそびえる建物がいくつか見える。

 南を向いた人影を、太陽が西から照らす。

「もう、聖地が見えるんだね」

「うん」

「そりゃそうだろ。見えない距離の町まで歩くなんて嫌だぜ、俺は」

「私も、そう思う」

 雑談しながら移動するヤヨイ組。小さな町といっても、この巨大な国での話。道は広い。

 広さを活かして、いたるところに植物が茂る。

 四人は、あらかじめ情報端末で予約しておいた宿についた。

 ちいさな茶色の建物。木の壁が赤く照らされていく。フロントで手続きをして、二人ずつが同じ部屋に泊まる。ヤヨイとスズネ、カケルとタクミが。

 二階にある部屋へ荷物を置いたあとで、宿の食堂に集合した。

 素朴な洋風の料理がならぶ。

美味おいしい」

「あれだけ歩いたものね」

 隣同士に座っているヤヨイとスズネは、満足げな顔。手にはフォーク。

 カケルも表情を緩ませる。

「うん。美味しい」

「食べ終わったら、模擬戦しようぜ」

 料理とは関係ないことをタクミが言った。


「本気のお前と戦ってみたかったんだ。ヤヨイ」

「上手くできるか分からないけど」

 食事のあとで、ヤヨイとスズネの部屋に集まった四人。木の板が敷きつめられた床は、ダンスが踊れそうな広さ。タクミはやる気満々だ。

 広がっていく戦闘空間。そとが暗いため、べつの建物にいる人々に発生源を見つけることはできない。

 ヤヨイとタクミの精神体が分離。ヤヨイが白い服に、タクミは青い服になる。

「できた」

「やったな。じゃあ、やろうぜ」

 すでに戦闘空間が広がるのをやめていることを、能力者たちは感じ取った。

 バトルで暴れても部屋が壊れることはない。ヤヨイとタクミが、すきのない構えを見せた。

 見守るカケルとスズネ。ならぶベッドに座っている。

 タクミは、淡く光る棒を発生させた。

 ヤヨイも淡く光る剣を持った。

 タクミは2本目の淡く光る棒を発生させ、左手に持った。ヤヨイも2本目の剣を左手に持つ。

 二人の構えが変わる。じっくりと時間をかけているタクミ。

「何だ? 気付かれたか?」

「やっぱり?」

 ヤヨイは何かに気付いた。

「どういうことよ?」

「そういうことか」

 スズネとカケルは正反対の反応を示した。

 普通に戦い始めた二人。しばらくすると、ヤヨイは分離が解けて肉体に戻った。

「つまりどういうことよ?」

 スズネに、青い服のタクミが説明する。

「つまりだな。まだ長時間、精神体を維持いじできないんだな」

「やっぱり慣れかな。これ」

 赤い服のヤヨイが言った。

「できるようになったんだから、気長にいこう」

 カケルは落ち着いていた。

「模擬戦以外では、切り札でいいんじゃない? 分離しなくても強いし」

 スズネが意見を述べた。

「模擬戦では、どんどん使おうと思う!」

 気合いを入れるヤヨイ。そして、解除後すぐに分離することはできなかった。

 ヤヨイがタクミとの戦いを再開した。


 しばらく模擬戦を繰り返す。

 ヤヨイの分離時間は、あまり延びなかった。

 四人は歯磨きを済ませる。

 少女はぐったりとしていた。早めにお風呂に入ると宣言する。カケルとタクミは自分たちの部屋に戻った。

 お風呂から出て寝間着に着替えたヤヨイ。

 宿の一階へ、服の洗濯をしに向かう。

 機械のスイッチを入れて、待つ。

 うとうとしそうになって慌てて立ち上がり、身体を動かし始めた。服の乾燥が終わり、荷物を背負い部屋に戻る。

「疲れたでしょう? 横になれば?」

 寝間着姿のスズネが、つり目ぎみの目じりを下げる。目線の先には、目がしょぼしょぼしてきた十代半ばの少女。

「洗濯してきてよ、スズネ。それまで起きてる」

「私が鍵を持って行けばいいでしょ。ほら、横になって」

 十代後半の少女はヤヨイをベッドに運んで、部屋から出ていった。


 カケルたちの部屋。

「こんなことを聞くのは野暮やぼだけど、な」

「何? タクミ」

「ばねを使えば、何とかできただろ、カケル」

 カイリとコスミの攻撃を受けたときの対処について。短髪の少年は、すぐに答える。

「うん。ヤヨイには言わないでよ」

「気付かれたら、自分で何とかしろよ」

「そうだね。怒られるかもしれないな」

 言葉とは裏腹に、カケルは笑っていた。

 寝間着の二人が部屋を出る。

 一階の乾燥機能付き洗濯機が並んでいる場所に行くと、スズネがいた。

 洗濯が終わるまで、三人は楽しそうに話していた。

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