第14話 列車での基礎練習

 食後30分経った。

 ヤヨイ組が歯磨きをおこなう。

 再び走り出した列車のそとには、防音壁がない。

 大陸が広すぎて、町のない場所が多いためだということを、心を燃やす少女は知らない。

 一面の荒野が広がる。

 いつもなら、すぐに能力バトル、あるいは模擬戦をするはずのヤヨイ。

 静かだった。

 嵐の前の静けさ、という言葉を誰かが思い出した。

「次で降りたら――」

「まだ遠いよ」

 ヤヨイの言葉をさえぎって、カケルが答えた。

 それを聞いたヤヨイは、荷物を持って相部屋を出ていく。

 荷物を持ったカケルが追いかける。

 スズネとタクミも、黄色と青色の荷物を持って後に続いた。

「まだ早いなら、模擬戦だよね」

 ヤヨイはすこし柔軟になっていた。頑固がんこな自分をいましめているようだ。

「もう一度、能力なしで頼むよ」

「うん」

 カケルの言葉にヤヨイが同意した。

 戦闘空間が広がっていく。分離する少年の精神体。

 グレーの多目的広場で、格闘技の試合のような模擬戦が始まる。ルールは有効打ゆうこうだ3回で決着。

 そして、3回目の攻撃が当たった。

「やっぱり、まだまだ、だね」

「上達してるよ」

 すこし背の低い少女が、深緑色ふかみどりいろの服の少年を褒めた。戦闘空間はなく、少年は肉体。

 戦いは終わり、二人とも椅子に座っている。カケルは、攻撃を2回当てていた。

 紺色こんいろの服の少年と橙色だいだいいろの服の少女が、お互いの顔を見る。

「次は俺達の番だな」

「全力でいくわよ」

 タクミの言葉にスズネが同意して、戦闘空間が広がっていく。

 剣道の試合のような模擬戦が始まった。


 次々と模擬戦が行われた。

 戦いが終わる。肉体へ帰る精神体。

 すべての組み合わせで繰り広げられた、バトル。

 いつの間にか集まっていた見物人たちから、拍手が送られる。

「迫力満点」

「この列車に乗ってよかった」

「ありがとう」

 基礎練習をしただけなのに、お礼を言われたヤヨイ組の面々。

 列車は駅に停まり、再び動き出した。

「次で降りようか」

 カケルが言った。ヤヨイは目を輝かせている。

「というか、それ過ぎたら聖地せいちだろ、もう」

「って言っても、結構遠いわよ」

 普通の長さの髪の少年が事実を伝え、ミドルヘアの少女が補足ほそくした。

「そうと決まれば、模擬戦だよね」

「関連性が分からないけど、分かったよ」

 ロングヘアの少女の言葉に、短髪の少年が同意した。

 円形のドームが広がっていく。

 少年の身体を包み込んだ光の壁から、緑色の服になったカケルが現れた。

 姿の変わらないヤヨイが構える。あかい服。

 向かい合って、同じような姿勢を取るカケル。

 二人は何も言わなかったが、能力なしの戦いが始まった。


 本体の目を開けるカケル。

 敗れたものの、徐々に差を縮めていた。

「次は俺とやろうぜ、カケル」

「そうだね。どんどんいこう」

 タクミの言葉にカケルが同意した。

 戦闘空間が広がる。

 光の壁から、青い服になったタクミが現れた。緑の服になったカケルと対峙する。

「剣、使ってもいいんだぜ」

「このままでいいよ」

 素手を構えたカケルに、タクミが淡く光る棒で攻撃した。

 半球体の光の壁を発生させ、左手の甲でガードするカケル。すぐに中段蹴ちゅうだんげりを繰り出す。

 ひじの辺りでガードするタクミ。

 二人は距離を取った。

 タクミが繰り出した突きを、左手でつかむような形でガードしたカケル。

 一瞬動きが止まったタクミに、カケルの掌底打ちが決まる。

「掴むか? 普通」

「普通じゃ勝てない。ヤヨイには」

 驚きの色を見せるタクミに、カケルが決意を込めた言葉で返した。

 その後、カケルは素手で勝利した。

 スズネとの戦いも、カケルは素手で勝利をつかむ。

 勝負のあとで、ヤヨイは喜んでいた。短髪の少年が、照れくさそうに笑う。

「素手でこれなら、剣使われたら、ますます勝てないじゃない」

「だよな。せっかく武器、出せるようになったのに。二人でやろうぜ」

 スズネとタクミは、剣道のような模擬戦を始めた。

 戦いを見ながら、カケルが言う。

「そういえば、タクミって左利きだよね?」

「そうなの? 右手でごはん食べてたよ?」

 少女は不思議そうな表情をしていた。

「ヤヨイは、左手でごはん食べることがあるけど、なんで?」

「師匠が、両方を使えるほうがお得じゃ、って言ってた」

 カケルが納得した様子で呟く。

「そうか。やっぱりそうなのかな」

 思案する姿を、ヤヨイはじっと見つめていた。


 カケルが左手に剣をにぎった。

 慣れない様子で、タクミに敗れる。

 スズネとの模擬戦ではすこし慣れてきた。だが、勝つことはできない。

 ヤヨイとも戦い、負けた。少女は、左手で剣を自在に振るっていた。

 もう一度タクミと戦い、やはり敗れる。

「ああ。左利きだけど、右手も使えたほうが便利だろ」

 利き腕を聞かれて、あっさりと言う少年。バトルでの慎重さが嘘のようだ。

「ちょっとタクミ。利き腕じゃないほうで手加減してたの?」

 スズネは、長身の少年に詰め寄った。バトルで見せる色っぽさはない。

「食事が普通にできるんだから、手加減じゃないと思うよ」

「わたしもそう思う」

 カケルとヤヨイが、タクミの肩を持つ。

「分かったわよ。私も左手が使えるようになればいいんでしょう」

 ほおふくらませたスズネは、左手で情報端末をいじり始めた。

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