第13話 棒状の武器

 翌朝。銀色の列車の中。

 すこしだけ明るくなってきた頃、ヤヨイは目覚めた。

 寝坊ではなく、時差のためだ。

 ヤヨイは階段を下り、靴をいた。

 下段のベッドでは少年が寝ていた。何度もまつげを動かして、じっと眺めていたロングヘアの少女が、身体からだに触れる。

「朝だよ。起きて」

「ん? 寝過ごした? すぐ起きる」

 身体を起こしたカケルは、靴を履いた。時間を見るが、まだ早いくらいだった。

 ヤヨイは言う。

「起きるの、遅れちゃった」

「普段はもっと早いのか。お腹もくよね、それは」

 二人の声で目を覚ました様子のタクミが声をかける。

「鍵しめとくけど、俺、二度寝するかもしれないから。荷物持っていけよ」

 荷物を背負った二人はタクミに手を振り、相部屋を出た。


 1両が丸々広場になっている、グレーの場所。

 ヤヨイとカケルが柔軟体操をしている。天井と床に照明があるおかげで、赤と深緑が輝きを増す。

 広場には二人の姿しかない。柔軟体操のあとで、筋肉トレーニングを始めた。

 じょじょに色のつく景色。窓から見える、雪の積もった山。

 列車の中は快適な温度に保たれている。しばらく身体を動かしたカケルのひたいには、汗がにじむ。

 寝間着姿の二人は休憩しない。ヤヨイは拳法けんぽうの型を始める。

 カケルが真似するのは無理だった。動きをしっかりと見ていた。

 しばらくして、ヤヨイが大きく息を吐く。

「ありがとうございました」

 この場にいない師匠に向け、感謝の言葉が発せられた。

「ありがとうございました」

 カケルもお礼を言った。

 二人が、戦闘空間を展開。

 いつものように、ヤヨイは分離しない。

 戦いではなく、基礎訓練を始めた。

「やっぱり、精神体のほうが身軽に動ける」

「羨ましいなあ」

 ヤヨイがおこなう拳法の型を、カケルが真似する。

「つまり、分離できればヤヨイはもっと強くなる、と思う」

「なるほど」

「さらに言うなら、肉体を鍛えることでも強くなるはず」

「はい!」

 ヤヨイは元気に返事をした。これでは、どちらが教えを受けているのか分からない。

「体が弱れば心も弱りやすく」

「ふむふむ」

「心が弱れば体も弱りやすい」

「たしかに」

「最近では、体が軽視されてる気がするけど、ヤヨイの師匠のように身体からだを鍛えるべきだ」

 カケルの話が終わった。

 ヤヨイが行っていた拳法の型も終わる。

「じゃあ、能力なしの模擬戦しよう。カケル」

「よろしくお願いします!」

 カケルが元気よく同意し、感謝を態度で示す。二人は構えた。展開される戦闘空間。


 寝間着姿のヤヨイが、素早い動きで間合いを詰める。

 すぐに反応した寝間着姿のカケル。色は緑。構えたまま一歩下がり、すぐ横に移動した。

 ヤヨイの下段蹴りがくうを切る。

 攻撃せず、さらに引くカケル。

 ヤヨイは掌底打しょうていうちを構えていた。踏み込んでいれば食らっていた。

 体勢が不安定になったヤヨイに、カケルは右足で下段蹴りを繰り出す。攻撃が命中。

 二人は、すぐ基本の構えに戻った。

 にやりと笑ったヤヨイ。するどい動きで猛攻を見せる。

 追い詰められ、壁を蹴って退避しようと身体をかたむけたカケル。蹴りが当たる。

 また、基本の構えで対峙する二人。

 乗客の何人かが見ていた。

「まだまだじゃのう」

 ヤヨイは師匠の真似をして言った。自分の言葉ですこし笑っている。

「はい!」

 カケルは真剣だ。

 決着し、ヤヨイが構えを解く。カケルの与えた攻撃は、最初の1回だけだった。


「そろそろ朝ごはんだと思う?」

 なぜか、甘えたような声で聞くヤヨイ。もじもじとした仕草。

「そうだね。部屋に戻ろうか」

 お腹が空いていてもカケルは冷静である。

 荷物を持った二人が、相部屋の前に並んで立つ。

 引き戸を叩くヤヨイ。

「すぐ開けるわ」

 声がして、スズネが戸を開けた。すでに普段着。橙色。

 下段ベッドにいるタクミも普段着なのだが、寝ていた。紺色。

 寝間着姿のヤヨイとカケルが、更衣室で順番に着替える。

「おはよう」

 寝ぼけまなこのタクミを連れて、ヤヨイたちは食堂へ向かった。

 ヤヨイは、誰かの真似をしなかった。

 自分で料理を選んだ。

 それぞれ、違う内容の朝食を食べる四人。

 明るい色の食堂。窓から見える景色は、昨日とは変わっていた。

 銀色の列車は、南東に向かって走っている。右を向いても左を向いても、山が見える。

 ここは、すでに東の国。

 大きな大陸だった。どこまでも地平線が広がっている。街は遠すぎて見えない。

「聖地まで、あとどのくらいかな?」

 相部屋に戻ってきてから、ヤヨイが聞いた。

 カケルは、ぶっきらぼうに言う。

「情報端末で調べれば、分かると思うよ」

「まだ、よく分からないから、一緒に見て」

「分かったよ」

 慣れない手つきで情報端末を操作する、十代半ばの少女。同じくらいの歳の少年が横で眺める。

 それを見ている十代後半の少女と少年。

「いつもの、やりましょ」

「いいぜ」

 言ったあとで、模擬戦を始めた。


「駄目だな。剣の形にならない」

「いいわよ、これで。お揃いだし」

 タクミとスズネは、淡く光る棒状ぼうじょうの武器を完全に安定させている。

 素早く振り回しても形が崩れない。

 部屋がせまいために、順番に攻撃してガードしていた。

 ヤヨイは、身体に減速を感じた。もうすぐ、この国で二番目の停車駅。

 最初の駅に気付かなかった理由は、寝ていたから。

 ガラス窓の外に防音壁が現れて、景色が見えなくなる。

「到着、じゃないだろ。まだ早い」

「そうだけど、休憩しましょう」

 二人が模擬戦を終了した。

「ここで降りたら、聖地まで、どのくらいかかるかな?」

 ヤヨイは、とんでもないことを言いだした。

 カケルが慌てている。

「まだ、徒歩だと一ヶ月以上かかる距離だよ」

「別に途中で降りてもいいけど、流石にまだ早いぞ」

「そうよ。一ヶ月は厳しいわよ」

 たれ目ぎみの少年とつり目ぎみの少女が、口を揃えて言った。

「だよね。じゃあ次は?」

 ヤヨイは列車を降りる気満々だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る