第12話 心の成長とは

 銀の列車は北東へ進む。外とちがい中は暖かい。

 左側の窓からは、延々とつづく陸地と森が見えた。遠くに点在する街はミニチュアのよう。

「食後の一戦といこうぜ」

「望むところよ」

 戦闘空間を展開。光の壁に包まれ精神体に分離。青い服になったタクミと、黄色い服になったスズネ。

 せまい相部屋のまんなかで模擬戦を始めた。

 棒状の何かを振るっている。動きが遅いので狭さは問題にならない。

「荷物、置いといていい? ちょっといってくる」

「僕も」

 ヤヨイとカケルを笑顔で送り出す二人。

 ゆっくりとした動きを続けながら、雑談を始める。

「まさか、これは」

「ないない。絶対ない」

 和やかに話しながら、二人は火花を散らした。


「わたし、このままじゃ駄目だと思う」

「僕もだよ」

 ヤヨイとカケルは、広場になっている車両の壁際に向かう。椅子に座った。グレーの壁が赤みがかっている。

 傾いた日が、眉を八の字にした少女の顔を照らしていた。手が、少年の手と重なる。

「力を貸して」

「もちろん」

 短髪の少年に肯定されて、ロングヘアを揺らす少女。嬉しそうに続きを言う。

「二人を見てたら、苦手なことに立ち向かわないと駄目だめだって思った」

「うん」

「そうすれば、心も、強くなるはず!」

 少女は両手を握り締めて、立ち上がった。力強いこぶし

「それはいいけど、苦手なことって、何?」

「模擬戦で分かるよ」

「分かった」

 二人を中心に戦闘空間が形成された。

 精神体になったカケル。緑の服。

「こっちに来て」

 ヤヨイに呼ばれて、近くに歩いていった。

「引っ張って」

 ヤヨイは意味不明なことを言った。

 カケルの眉が下がる。

「引っ張っても無理だと思うよ。というか苦手とかいう問題じゃないんじゃ――」

「皆できるんだから、ここから逃げてちゃ駄目だと思う!」

 ヤヨイは真剣だ。

 カケルはしばらく考えて、ヤヨイの足元に壁を設置した。

 ばねは作動しなかった。

「焦らなくていいよ。ゆっくりやろう」

 いまにも泣きそうな顔をしているあかい服の少女に向かって、少年は優しい声で告げた。

 それから二人は普通に模擬戦をおこない、ヤヨイが勝利した。


 歯磨きの時間になる。窓のそとは薄暗い。

 ヤヨイとカケルは、荷物を取りに部屋へ向かう。天井や足元の照明のおかげで、列車のなかは明るい。

 すぐ戦闘空間に進入。

 相部屋の中には、まだ戦い続けている二人の姿が。

 スズネは棒状の何かではなく、あわく光る棒をはっきりと形成している。

 タクミも同じく、淡く光る棒を安定して維持していた。

 無言で荷物を持つヤヨイとカケル。

 部屋から出ていった。

「歯磨きしましょう」

「そうだな。疲れたわけじゃないぞ」

 二人は模擬戦を止め、歯磨きに向かった。男女別の、洗面台がいくつもならぶ広いトイレへと。


 歯磨きを終えた四人。相部屋に戻ってきた。

「分離する方法を教えてください」

 ヤヨイが頭を下げた。

 スズネとタクミは、カケルのほうを見る。

「分からないんだ。二人はどう?」

「私に聞かれてもねえ」

「誰か、何か言ってなかったのか? 師匠ししょうってやつは?」

 タクミの言葉に、ヤヨイが反応する。

「師匠は柔軟な何とかって言ってたけど、ナツゾラさんっていう強い人がいて」

「ひょっとして、そいつが?」

 タクミは左手であごを触った。

「旅の人で、心が成長すれば、分離できるようになるかもって言ってた」

 タクミが渋い顔になる。思惑は外れたようだ。

「ヤヨイが強いって言うくらいだから、相当なんだろうね」

「そのときに情報端末じょうほうたんまつを持ってたら、お近付きになれたかもしれないのに」

 カケルとスズネは別々の意見を述べた。

 何かに気付いた様子のヤヨイ。

「忘れてた。連絡先を交換しよう、タクミ」

 全員、笑いながら登録を済ませた。


「心の成長って、具体的に何だと思う?」

「僕は最初、個人の強さだと思ってた」

「私は、誰かと一緒に成長すると思うな」

「俺は別に。俺以外にいくらでも強い奴はいるだろ、って思ってたからな」

 三人は別のことを思っていた。

 ヤヨイが宣言する。

「まずはわたし、柔らかくなろうと思います!」

「確かに、頑固だからね」

 カケルが納得した。

 タクミは何も言わない。

 スズネは不満そうだ。

 いたずらっぽい表情を見せて、十代半ばの少女を席から立つように促した。

「どういう風に柔らかくなりたいの? ほら、言ってよ」

「それが、よく分からなくて」

 やわらかなスズネに抱き締められたヤヨイは、分かっていなかった。

 心の成長について考える、四人。

 答えは出ず、グレーの車両へ、能力バトル広場へと向かった。そとは真っ暗。

 すぐに模擬戦を始めるスズネとタクミ。

 壁際の椅子に座る二人。荷物を抱えたカケルが、隣の少女に話しかけた。

「僕は、能力なしでも強くなりたい」

「うん」

「そのためには、基礎的な力を上げるのが一番だと思うんだ」

「なるほど。わたしもやろうかな」

「僕に教えてください。お願いします!」

 少年は立ち上がり、頭を下げた。

 ヤヨイは呆然としたあと、慌てて口を開く。

「わたしにできるのは、師匠の受け売りしかないよ」

「お願いします!」

 カケルがもう一度言った。ヤヨイの頬に赤みが差し、すこし照れている。

「分かった。明日早く起きてよ」

「ありがとうございます!」

 淡く光る棒をぶつけ合い、火花を散らしながら眺める二人は、微笑んでいた。


 大きな列車の中にお風呂はなかった。

 相部屋には一つ、更衣室がある。ぬれタオルで身体を拭くための場所だ。

 しばらく模擬戦をおこなったヤヨイ組が、部屋に戻る。

 順番に更衣室へと入り、寝間着ねまきに着替えていく。

 停車駅に停まった。この国で最後の駅。

 また列車は走り出す。

「こんな高い場所で寝るの、初めて」

 ヤヨイが素直な感想を伝えた。重なっている、天井に近いベッドの上で。

 梯子はしごがあり、下にはカケルがいる。暖房がついているため、掛け布団はうすい。

「分かってると思うけど、少し早く起きるんだよ。時差があるから」

「寝てたら起こしてくれよ」

 部屋の反対側、下段のベッドで横になっているタクミが頼んだ。

 その上の高い位置にあるベッドから、スズネが声をかける。

「今日はみんな、お疲れ様」

 軽い雰囲気だった。全員がおやすみを言い合い、眠りについた。

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