第9話 ヤヨイ対タクミ

 十代後半の少年が、ヤヨイに近付く。

「俺と能力バトルやろうぜ。久々に熱くしてもらった礼だ」

 少年は、たれ目ぎみの目を細める。髪は普通の長さ。荷物を持っていて、紺色こんいろの服。

「はい! よろしくお願いします!」

 赤い服の少女は、いつもどおりの元気な言葉を発した。

「あら、いつの間に知り合ったの?」

「気を付けて」

 短い言葉を受け、ヤヨイは白っぽい広場の中心へと移動していく。

 カケルとスズネは、荷物を持って離れた。

「連続ヒットなしのほうがいいぜ。すぐ終わっちまうからな」

「では、それでお願いします」

「忘れてた。俺の名はタクミ」

「わたしは、ヤヨイです!」

 二人が同意し、戦闘空間が広がっていく。

 タクミは柱まで移動し、座らない。椅子に荷物を置く。

 長身の少年が光の壁に包まれる。先ほどよりすこし広くふくらんだ戦闘空間は、止まった。

 カケルとスズネは、広場の近くに座って話をしている。


 青い服になったタクミが、眉をひそめる。

「なんだ。俺じゃ相手にならないってことか?」

「いえ。わたしは分離できないので、このまま戦います!」

 赤い服の少女は、いつものように説明した。

「そうか。軽く攻撃するから、ガードしてくれ」

「はい!」

 タクミは慎重だった。

 ミニトマトほどの大きさの弾を飛ばす。しかも、そのままでは当たらない場所。

 ヤヨイは手を伸ばして、手の先でガードした。

「驚いたな。こんなの見たことないぞ」

「よく言われます!」

 いつもどおり元気に微笑むヤヨイ。


「強いよ、あの人は」

「それはいいけど、なんであの人、雰囲気が違うわけ?」

 カケルとスズネは雑談している。

「肉体を離れることによって、心の状態が強く現れるからじゃ? スズネだってそうでしょ」

「えー? 私は変わってないでしょう?」

 自分の変化に、スズネは気付いていなかった。


 タクミが能力を使った。

 小さなかがみのようなものが次々と現れる。

 二人の周りに浮かんだ鏡は、止まったまま。

「ガードしてくれよ」

 タクミが呟いた。ヤヨイとは別方向に、弾を連続で発射する。鏡に当たり反射はんしゃする弾。

 反射を繰り返して、三つの弾は飛んでいく。

 弾の飛んでくる方向は、ほとんど同じ。ヤヨイは難なく順番にガードした。

 すると、周りの鏡が消えた。

「困ったな。どうしよう」

 ぼそりと言ったヤヨイは、笑みを浮かべていた。

 再び鏡が現れていく。タクミは次々と弾を撃ち出し、あちこちで反射が起こる。

 ロングヘアをなびかせ、すでに駆け出していたヤヨイ。

 弾に翻弄ほんろうされ足が止まり、全てをガードすることもできない。

 ヤヨイは追い詰められていった。


 タクミの精神力を表すゲージは、9割以上残っている。

 ヤヨイは、半分以上がからになっていた。

 手の先を光らせガード範囲を全身に広げたヤヨイが、なんとか攻撃をやりすごした。消える鏡。

 あらたな鏡が現れる前に、ヤヨイは走り出した。

「そのガードは厄介だな。俺と相性が悪い」

 タクミは、走る少女の近くに鏡を出現させた。動きを止めるのが目的だ。

 ヤヨイは止まらず、右手でその鏡に触れて、叫ぶ。

「ガードしてください!」

 次の瞬間、小さな鏡が無数に現れた。少年をとりかこむ真似の産物。

 ヤヨイが手の甲を光らせ、高速弾を次々に発射する。到底、目では追いきれない。

 豆粒ほどの弾が、反射を繰り返す。

 タクミはガードした。全てを防ぐのは、倍の速さで動いても無理。次々に攻撃を受ける。

「連続ヒットありだったら、終わってたな」

 精神力が半分以上も空になったタクミは、白い歯を見せた。

 ずっと展開できない鏡が消え、攻撃を構える少年。

 身体が上に跳ばされた。

 高速弾で釘付けになっている最中、床にばねが設置されていた。気付けなかった。

 落下地点に、すでに待ち構えているヤヨイ。

 タクミは、鏡を足場のように設置する。だが、精神体がぶつかるとすぐに砕け、消滅した。

「俺も欲しいぜ。二つ目の能力」

 鏡が、ヤヨイの周りに次々と現れていく。

 タクミが弾を撃つのと、ヤヨイが跳ぶのは同時だった。

 弾は次々と反射を繰り返す。両手を光らせたヤヨイ。タクミに拳をねじ込んだあと、着地。

 スカートが揺れる。

 タクミの精神力は空になり、精神体は肉体へと帰った。勝利したヤヨイが歩いていく。

 戦闘空間が消えた。

「ありがとうございました!」

 赤い服の少女は、対戦相手にお礼を言った。

「まんまとやられちまったぜ。やるな、お嬢ちゃん」

 紺色の服の少年は、爽やかな笑みを浮かべた。


 鳴りひびく汽笛。白い船は出発した。

 試合終了が合図だったかのようだ。

 いつの間にか、周りには沢山たくさんの人々がいた。ほかの国の人も多く乗っている。

 北の国に向けた船旅が始まった。

「こんな戦いがあるなんて聞いてないよ」

「まさに不意打ちだ。粋な計らいだね」

「サインください」

 乗客たちから様々な言葉を掛けられる。ヤヨイとタクミはお金を入手した。サインは断った。

 色々な服の人たちが離れたあと、カケルとスズネが、荷物を持って二人へ近付いていく。

 ヤヨイの荷物を手渡すカケル。

「能力を真似ることに、こだわらないほうがいいと思うけど」

「えへへ。気を付ける」

 二人にちょっかいを出さなかったスズネは、タクミに話し掛ける。

「私たちと一緒に来ませんか?」

「ん? どうするかな」

 長身の少年は乗り気ではなかった。模擬戦を見せてくれと言って、クリーム色の広場から離れた。


 椅子ではなく階段に座っている、たれ目ぎみの少年。

 横に、ロングヘアの少女が座る。

「独りで旅をしているんですか?」

「ああ。というか、お嬢ちゃんのほうが格上だ。いつもの口調で話してくれ」

「ヤヨイって呼んでくれたら、いつもの口調で話します」

「分かった、ヤヨイ。俺も、タクミでいいからな」

 十代後半の少年は爽やかに笑った。しかし、どこか虚無感を漂わせている。

「タクミ、よろしくね」

 少女の笑顔に、曇りはなかった。


「どういうこと? なんで仲良くなってるの?」

 スズネが模擬戦を終えた。

 タクミの側にいるヤヨイに詰め寄る。

「まずは、自己紹介したほうがいいと思う」

 カケルは冷静だった。和やかに挨拶と自己紹介がおこなわれた。

「到着まで、しばらくかかるんだ。逃げても仕方ないだろ」

「逃がさないんだから」

「そういう能力もあるのか」

 三人を楽しそうに見ているヤヨイが、口を開く。

「模擬戦しよう」

 すこし口をとがらせたスズネが意見を言う。

「窓の外の景色を見たり、甲板に上がったりしないの?」

「そうだった。甲板だよ」

 ヤヨイは、船の上を見たかったことをすっかり忘れていた様子。

「まだまだ時間はあるんだ。いこうぜ」

「甲板での模擬戦って面白そう」

 ヤヨイの頭の中には、能力バトルのことが詰まっていた。

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