第8話 カケル対スズネ

 翌朝。まだ薄暗い。

 すこし背の低い少女は、いつもどおり早朝に目を覚ました。宿の一室だということを理解するのに、じゃっかん時間がかかった。

 浴衣を直す。ひもを結び直してから、たたみの上で身体を動かし始めた。柔軟体操だ。

 合間に布団をたたむ。

 さらに身体を動かし続けた。今度は、筋肉トレーニング。

 ヤヨイは拳法けんぽうの型をおこなう。しばらく動いた後、おとなしそうな少女がゆっくり息を吐いた。

「ありがとうございました」

 いつものようにお礼を言ったが、そこに師匠はいない。

 窓の外はすこし明るくなってきた。

 部屋に備え付けられている冷蔵庫を開く。料理の材料が入っていなかったのですぐに閉じた。

 何かを考えた後、ヤヨイは服を着替え始めた。

「まだ早いかな」

 赤い服の少女は、情報端末を見つめている。通話の仕方を習得していた。

 食堂が開くまでには、間があった。


 ヤヨイの部屋のドアが叩かれた。

 覗き窓で相手を確認してから、ドアが開けられる。

「おはよう」

「おはよう」

 ロングヘアの少女は、満面の笑みを見せた。

 短髪の少年は表情をあまり変えない。

「食堂が開くまで、暇だと思って」

「そう! もうずっと待ってる」

 ヤヨイは心のこもった言葉を絞り出した。

「ところで、スズネはそこで何してるの?」

 カケルが一歩下がって左を向いた。

 スズネの部屋のドアがわずかに開いていた。微笑しながら出てきたミドルヘアの少女。

 三人はヤヨイの部屋に入る。

 食事を待ちきれない様子のヤヨイを先頭にして食堂へと向かうのに、あまり時間はかからなかった。


「これ、好きなだけ食べていいの?」

 朝食を前に、ヤヨイの目は輝いていた。

 食べ放題の形式で、壁際へと配置されたテーブルに、様々な料理がずらりと並ぶ。

 カケルがすぐに言う。

「一つの皿に入れる料理は一種類か、多くても二種類。混ざると味が損なわれるからよくない」

 スズネも注意点を述べる。

「立ち止まってゆっくり考えると、ほかの人の迷惑になるわよ。今は私たちしかいないけど」

 色々と考えた結果、ヤヨイは和食を選んだ。皿には普段どおりの料理が並ぶ。

 カケルとスズネも似たようなものだった。

 同じ机を囲んで、三人はゆっくりと食事を楽しんだ。

 食べ終わり、雑談。

 それぞれの部屋へ戻る。

 あまり間を置かず、二人は荷物を持ってヤヨイの部屋に入った。カケルが提案する。

「これからの予定を立てよう」

「まずは歯磨きして」

「その後でしょ。船のことや、その先の移動手段とか」

 スズネが船について調べている。ヤヨイはじっと見ていた。

 二人は自分の部屋に戻らない。

 三人は順番に歯磨きした。洗面所が小さいために一人ずつ。

 ヤヨイは、嬉しそうに口元を緩ませている。


 宿で料金を支払うヤヨイたち。

 三人は港に向かい、人工的なコンクリートの岸壁が広がる景色を歩く。海からの荒々しい波は、陸まで届かない。

 スズネが目的の船を見つけた。遠くからでも目立つ、大きな白い船。

 数え切れないほどの窓が並んでいた。七階建ての建物以上に高い。船の上を見る術はない。空を舞う白いトリ以外には。

 カケルが言う。

「情報端末が身分証明の代わりになるから、乗り場で見せて」

 ヤヨイが先に乗り場へと向かう。

 全員、情報端末で乗船手続きをしていた。

 荷物を背負った三人は、順番に船の中に入っていく。


 広い船だった。

 昨晩泊まった宿が、10個分以上は余裕で収まるほどだ。

「どこでも戦えそう」

 ヤヨイの頭の中では、全てのことが能力バトルと関連付けられるようになっているらしい。

 スズネが嬉しそうに提案する。

「到着はお昼過ぎだし、模擬戦しましょうか」

「さすがに入り口はまずいよ。少し移動しよう」

 カケルが指差して、奥へと進む三人。

 船の上の様子や甲板かんぱんを見たかったヤヨイが、能力バトル用に広く用意された場所を見つける。すっかり甲板のことを忘れたようで、広場へと歩いていった。

「有効打を3回当てたら決着でどう? 連続ヒットなし」

「先は長いし、その形式でどんどんいこうか」

 橙色の服の少女が提案して、深緑色の服の少年が同意した。

 戦闘空間が広がっていく。

 能力バトル用の、白に近いクリーム色をした広場。柱の側に椅子がある。

 二人は別々の柱へ向かって移動し、荷物を置いて椅子に座った。

 それぞれの身体が光の壁に包まれる。黄色の服になったスズネと、緑色の服になったカケルが現れた。

「じっくりと楽しませてもらおうかしら」

「遠距離だと分が悪いから、どうするかな」

 お互いに様子をうかがっていた。

 ヤヨイは自分が戦っているかのように、身体に力が入っている。

 スズネが先に仕掛けた。光の弾が飛んでいく。カケルは落ち着いて半球体の光の壁で防ぐ。

 その様子を、広場の外から長身の少年が見ていた。


 ばね付きの壁を使わず、歩いて接近するカケル。

 スズネも能力変化を使わず、通常弾で対応する。

「じらすのが上手いのね」

 手の甲の近く、何もない空間を光らせるスズネ。

 カケルが無数の壁を辺りに出現させた。壁を使って姿を隠し、スズネとの距離を縮めていく。

 壁を蹴り、ばねを使った機動力で攻撃の機会をうかがう。

 スズネの高速弾でも捉えられない。

「これじゃ駄目だめだな」

 カケルは呟いた。姿を隠すための壁を設置するのを止めると、スズネの周りに多数の壁を設置した。

 ばねを使い周りを高速で移動しながら、次々と弾を撃ち込んでいく。

 空中に浮かぶ、精神力のゲージ代わりの丸。スズネの丸が一つ消える。

 今度は高速弾がカケルに命中する。

 カケルはガードする気がなかった。そのまま高速で移動して弾を撃ち続ける。

 お互いに丸が消えていき、先に全て消えたのはカケルのほう。

 二人の精神体が肉体に戻ると、拍手が起こった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る