第二章 集合体

第3話 ヤヨイ対カケル

 乗合自動車のりあいじどうしゃはひたすら北を目指す。道の左寄りを、山肌にそって進んでいく。

 木々は青々として美しい。しかし、普段から見慣れているヤヨイは落ち着いていた。

 少女が目を輝かせるのは町に入ったとき。人がりする様子も興味津々きょうみしんしん

 ほそながい車は、次の町まで山々のあいだを抜けて進んでいく。

 日が高くなってきた。景色が変わり、山が少なくなった。まんなかに白い線が引かれ、まっすぐになる道。大きな町が見えてくる。

「降ります」

 ヤヨイは言った。宣言する必要はない。ボタンを押していた。お降りの方はこのボタンを押してください、と書いてある。

 整理券をさしだし料金を支払う。大きな町を目の前にして外に出る、イチゴ色。

 細長の車が遠ざかっていく。

 白い荷物を背負ったヤヨイは、近くの建物を目指して歩いた。

 ヤヨイはお腹が空いていた。出発時間が早いため、いつもより朝食の時間も早かった。

 車から降りたのは、遠くに食堂の看板が見えたから。普通では気付かないはずの遠距離を識別した自覚はない。

 すすけた木造の建物に近付き、引き戸に手をかけようとした。

 誰かの手にれる。

「あれ? いつの間に」

「いつの間にじゃないよ。僕はずっと君の目の前にいました」

 不機嫌そうな少年は、丁寧な口調でヤヨイに事実を伝えた。服はアボカド色で春の装い。

「どいてよ。わたしが先に注文するんだから」

「まるで、何日も食事をしていないような様子ですね」

 短髪の少年は会話を諦めた。手を引き、ロングヘアの少女に道をゆずる。

「話は食べた後に聞きます!」

 露骨に機嫌が良くなったヤヨイが、店の中に入っていく。

 落ち着いた雰囲気の少年は、すこし鋭い目つきで見ていた。


 少女と少年は、座っていた。木製の机をはさんで向かい合う。

 四人席。荷物は、隣の席に置いている。

「……」

 ヤヨイは話をする気がない。和風の定食をよく噛んで食べている。箸を左手で使っていた。

「……」

 少年も話しかけなかった。和風の定食を食べていた。

 当然、店員も話しかけなかった。

 お昼にはすこし時間が早い。ほかに客はいない。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わったヤヨイは満足そうな顔をしていた。

「ごちそうさまでした」

 十代半ばの少年も食べ終わり、同じ言葉を言った。

「で、なんでしたっけ?」

「まずは自己紹介しましょう。僕はカケルといいます」

「わたしはヤヨイです。どうぞよろしく」

 あかい服の少女は、先ほどとは別人のような柔らかい表情を見せた。

 少年の表情が変わることはない。

「食事も済んだということで、能力のうりょくバトルをしましょうか」

「三十分後に歯磨きをするので、その後でお願いします」

 ヤヨイは魅力的な笑顔を見せた。

 カケルは何も言わない。表情はすこしだけ柔らかくなった。


 二人は雑談している。

 ヤヨイは田舎の様子を話した。食堂に大きな窓がないため、この辺りとの違いを説明できない。

 カケルは、旅をしているという。

「ヤヨイさんは強いですよね」

「なんで分かるんですか?」

「相手がどのくらいの力なのか、大体分かるじゃないですか。雰囲気で」

師匠ししょうから教えてもらってないですよ。そういうの」

 困惑した少女に、少年は仮説を述べる。

「なるほど。ヤヨイさんの師匠は強すぎて、相手の力を測るまでもないということですか」

 時間になり、洗面所で歯磨きをするヤヨイ。その後カケルも歯磨きをする。

 二人は別々に会計を終え、古めかしい店を出た。


 並んで歩道を歩く二人。

 一面が芝生の、広い公園にやってきた。小鳥が青空をはばたく。

 木陰のベンチには多くの人が座る。日差しが照りつける場所には、人がいない。

 二人は、樹のない中心部に移動する。

 荷物を置いた少年少女が、向かい合い離れて立つ。

「ルールは、ゲージあり、連続ヒットなし、でいいですか?」

「はい。よろしくお願いします!」

 お互いがルールに同意した。

 円形の光のドームが広がる。公園の端へ届く前に止まった。

 深緑色ふかみどりいろの服を着た少年は光に包まれ、精神体せいしんたいに分離する。緑色の服になったカケルが姿を現した。

「戦わないんですか?」

 姿の変わらないヤヨイを見て、カケルは当然の疑問を口にした。

「分離できないので、このまま戦います!」

「初めて聞きましたよ。やりにくいですね」

「ほかの人にも、同じようなことを言われました」

 ヤヨイは嬉しそうに言って、構えた。

「そのまま戦うのに、スカートなんですか?」

「なんでだっけ。師匠が何か言っていたような」

「嫌な師匠ですね」


 いっぽうその頃。

 耕された畑で、師匠は四人の少年少女たちと戦っていた。

 紫色の服を着た師匠に、光のたまが飛んでいく。男性は虫を追い払うような動きで消滅させた。すぐに構えを戻す。

 横から少女が殴り掛かる。

 師匠はこぶしを叩き込んだ。生身なら遥か後方に吹き飛ぶほどの威力。

 少女は戦闘不能になった。

 そのすきに、先ほど弾を放った少年が後ろから迫っていた。師匠は元の構えに戻る。

 蹴りを繰り出す少年。避けられて、後ろ回し蹴りを受ける。生身なら意識を保てないほどの威力。

 少年は戦闘不能になった。

 構えを戻した師匠。右から別の少年が、左から別の少女が仕掛ける。

 師匠は左に肘打ひじうちを繰り出し、構えを戻す。その後で右に掌底打しょうていうちを繰り出し、元の構えに戻った。

 四人が戦闘不能になり戦闘空間せんとうくうかんが消える。禿頭の男性は手加減していた。師匠は優しすぎた。


 カケルが弾を発射した。ミニトマトほどの大きさ。

 ヤヨイは、同じくらいの弾を当てることで防いだ。

「問題ないようですね。では、いきます」

「はい!」

 ヤヨイは楽しそうな気持ちを隠さない。

 カケルの後ろにかべが現れる。人の背以上の高さ。

 数秒後に壁が動き、カケルの姿が消える。

 壁も消えた。壁に向かって平行な場所に、別の壁ができている。

 カケルは壁の前に移動していた。リンゴほどの大きさの弾を放つ。勢いよく飛び出してきた壁を蹴って、カケルはんだ。

発条ばね付きの壁!」

 赤い服の少女が心をはずませていた。飛んできた弾の軌道を剣でらす。少年の動きを先読みして、左手で弾を放った。

「完全に捉えるなんて」

 弾をガードした少年が呟いた。左手を構えた身体からだの前に半球体はんきゅうたいの光の壁があり、弾はそこで消えた。

 これまで表情をあまり変えなかったカケルは、すこし口元をゆるめた。

 接近を試みる少年。中距離での撃ち合いを止め、次々に壁を生成していく。宙に静止するものも含めて四方八方に。

 壁は、決まった時間の後でばねが起動する仕組み。表面と裏面のあいだにばねがあり、裏側は固定されている。

 あたり一面に無数の壁。どの壁がいつ飛び出してくるのか。把握するのは困難。

 精神体は傷つかない。片手でばねの衝撃を受けても、ダメージはない。いくつもの壁を経由して、カケルはヤヨイに迫る。

 右手に握った細い剣でダメージを与えた、カケル。武器の淡い輝きが軌跡を描く。

 ヤヨイは待っていた。カケルの身体の横から剣で斬りつけ、ダメージを与えた。

 空中にある、精神力を表すゲージが二つともすこし減る。


 カケルは、弾も絡めた多角的な攻撃をおこなう。

 切り札だった。

 相手を認めた少年が言う。

「凄いよ、君は」

「よく、そんな動きができるね」

 褒められたことに対する言葉はなかった。相手を褒めていた。

 ヤヨイは移動して弾を避けつつ、楽しそうにおどる。

 カケルの猛攻をしのぐヤヨイ。

 接近したときに、お互い攻撃を受ける。

 攻撃にも精神力を使うため、カケルのゲージのほうが多く減っている。

 二人とも、縦に長いゲージの4分の3以上がからになった。

 だが、カケルは落ち着いていた。


 突然、ヤヨイの周りを壁が取り囲んだ。

 上を警戒するヤヨイ。

 何も来なかった。ばねが起動して壁が迫った状態になっても、何も来ない。

「ん?」

 一瞬、ヤヨイの思考が停止した。

 周りの壁が消える前に、足元に壁が設置されていることに気付く。移動する時間はない。

 そして、ばねは起動しなかった。

「何?」

 待ち構えるために上に跳んでいたカケルも、思考が一瞬止まる。

 そこに連続で飛んでくる弾。反応が遅れ、少年はガードしながら地面に落下していった。

 壁が現れた。

 ばねで、空中を左へと移動するカケル。視線を弾が飛んできた場所に向けると、ヤヨイの姿がない。

 宙を舞う影。気付いたカケルは、左側のガードを固める。右手に剣を持つヤヨイが、左手を動かしながら剣を出現させ、ガードのない部分を攻撃した。

 両手それぞれに剣を持った少女が着地。スカートが揺れた。

 ゲージが空になったカケル。バトルのルールにより、精神体は肉体へと素早く帰る。

 ひざをのばし、剣を消したヤヨイ。カケルの近くに歩いていく。

 深緑色の服の少年が姿を見せて、消えていく戦闘空間。芝生の上に立つカケルに怪我けがはない。

「ありがとうございました!」

 勝利したヤヨイは元気よく言って、笑顔を見せた。

「奥の手も効かないなんて」

「えへへ」

「いや、冷静に考えれば、能力は実体に影響できないんだから当然か」

「なるほど」

 ばねが起動しなかった理由が分かって、納得した様子のヤヨイ。

 カケルがさらに何かを言う前に、周りから多くの人たちが集まってきた。昼の日光を気にしていない。

「凄いね。プロの人?」

「どう見ても素人じゃないでしょ」

「お仕事頑張ってください!」

 などと言葉を掛けられ、二人はまとまったお金を入手した。

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