3 いろいろな、恋の歌

第32話 いろいろな、恋の歌 1

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 メンバー同様、私も普通の生活を送れなくなった。ダサ子スタイルも、世間にバレたから社長命令で禁止されちゃった。朔との熱愛報道について、Rエンターテイメントとしては肯定もしなければ特に揉み消す事もしないと決定した。男女のグループだとよくある事で、印象が悪くなるどころかグループ仲が良いという印象になるしファンが喜んでいるから放置するんだって。

 洸くんには、騒動の後で電話した。すごく心配されて、熱愛報道もよくあることだから気にしないでって言ってくれた。でもそれ以降はまた、お互いに忙しくて中々連絡が取れない。電話だと時間が合わないからメールでやり取りをするようになったんだけど、やっぱり直接話したい。声が聞きたいし、顔を見たい。洸くんに、会いたい。会ってたくさん、話したい事が本当にたくさんある。

「千歳。起きろ」

 朔が呼ぶ私の名前からは、いつの間にか飴が取れた。でも姫とは断固として呼ばない。仕事で私の名前を呼ぶ時は、おいとか、あいつとか言われる。

「着いた?」

「おう。外見てみろ」

「おー! って、空港だから。まだよくわかんないよ」

「だな」

 リンチ騒動から一カ月が経ち、今回の仕事は日頃頑張っている私達へのご褒美で休暇も兼ねた密着取材。テレビへの初顔出しアンドプライベート映像を撮られちゃいます!

 週刊誌の影響で私と朔の素顔が世の中に出回って、しばらくはワイドショーでも話題になった。だからこそ、このタイミングで顔出ししちゃいましょうっていう事らしい。私達の音楽は既に世間へ浸透したから第二段階への移行。仕事は厚塗り化粧で乗り切ったけど、姫である私の怪我はファンの人達に大きなショックを与えると共にかなりの心配を掛けてしまった。だから今回の仕事はファンの人達への恩返しも兼ねている。あの一件で、ホリホックはファンに愛してもらえているのだと実感した。それに報いる為にも、私はこの道を突き進む事を決意したんだ。

「キャーやばい! ハワイー!」

「姫、ハワイ初?」

「初だよ! 暑い国も初!」

「意外だね? お姫さんグローバルなイメージなのに」

「あっちぃ……ジリジリいてぇ」

 空港の外へ出て、常夏の空気を肌で感じた。密着は日本を出る時から既に始まっていて、今もカメラが向けられている。キャラは作らないでいつも通りにしていればそれで良いみたい。

「まず何するよ?」

「ワイキキ観光じゃね?」

 ガイドブックを覗き込んで相談中の旭さんと翔平さんに向かい、私はチッチッチと舌を鳴らし人差し指を振って見せる。

「海外旅行を思い切り楽しむ為の鉄則、まずはぁ――思い切り寝ます! ホテル行こー」

「俺もねみぃ」

 朔は同意してくれたけど、翔平さんと旭さんのみならずスタッフさんからもブーイングをくらった。それはちょっと、って言って苦く笑ったスタッフさんに提案する。

「なら、二手に別れたら良くないですか? 旭さんと翔平さんは今から存分に満喫して、眠い組は寝る! 私無理。眠いもん」

 なんとか睡眠の権利を勝ち取って、私と朔はまずホテルへ。旭さんと翔平さんは海へ泳ぎに向かった。


 満足するまで寝て、起きた頃には日が暮れていた。更に頭をすっきりさせる為に熱いシャワーを浴びて、シャワールームから出ると広瀬さんが待ち構えていた。

「良かった。このまま寝続けられたらどうしようって心配していた所よ」

「もう完全に目が覚めました! みんなは?」

「今度は旭と翔平がダウン。朔はさっき起きたわ」

「それなら次は、私と朔の番ですね!」

 青い花柄のマキシワンピースに着替え、軽くお化粧をする。髪は緩くシュシュで纏めてリゾート風ファッションの出来上がり!

 広瀬さんに連れられて行ったホテルのラウンジで、朔はスタッフさん達に囲まれていた。メンバーの中で一番社交性のない朔。誰かと会話をするでもなく、撮影の為に何かをするでもなく怠そうな顔して座ってる。

「朔、それ何? 美味しそう!」

 私が笑顔で駆け寄ると、スタッフさん達の雰囲気がどこかほっと和んだ。朔はそんな事には頓着せず、相も変わらず飄々とした態度でこちらを見る。

「なんかわからんけど、パイナップルっぽいジュース。飲む?」

「飲む!」

 朔が視線で指し示したのはハワイらしい飲み物。黄色とブルーの二色は既に混ざりかけているけど、グラスの縁にはハイビスカスが飾られている。朔の向かいの席へ腰掛けて、私はストローからジュースを啜った。口に広がるのは爽やかな味。酸味と甘さが程よくて、ちょっとミントが入っているのかスーっとする。

「旭さんと翔平さんはグロッキーだって。俺らはどうする?」

「朔、行きたい所ある?」

「海。千歳は?」

「私はウィンドーショッピングがしたい!」

「わかった。行くか?」

「うん! 行こう!」

 ジュースを飲み切って、立ち上がった私と朔の後ろを大人達がぞろぞろついて来る。私達は寝たけどスタッフさん達は大丈夫なのかな? 近くにいた人に聞いてみたら、大丈夫だという答えが返って来た。

 朔と私は、付かず離れずの距離を保ち並んで歩く。

 この一カ月、私達の関係は元通り。何かを話し合った訳ではないけど朔の心は綺麗に隠され、私は芽生えたものを育てず殺す決意をした。一番近くて少し遠い、私達の関係を言葉で表すのならそれは、仲間だ。

「すごーい。夜景だ」

 ホテルから直接出られるビーチ。周辺のホテルが灯した松明で照らされているお陰で、夜なのに明るくて幻想的な景色だ。海は真っ暗だけど、海と反対側は柔らかなオレンジ色の夜景になっている。

「すげぇな。おー……海キレイ」

 半ズボン姿の朔が、サンダルを履いたまま迷わず海へ入って行く。私も長いスカートの裾を右手に纏めて、寄せては返す波へ足を浸した。

「明日はどうするのかな?」

「俺、サーフィンしてみてぇ」

「イルカとかも見たくない?」

「亀見たい」

「ウミガメ?」

「それ。てかさ、腹減んねぇ?」

「減った!」

 ひんやり心地いい海水を堪能してから、今度はレストランを探すついでに足を洗う為の水場を探しながら砂浜を歩く。

「なぁ。ここってすぐ入れるのかな?」

 見つけた水場のすぐ側に、賑わっているレストランがあった。洗った足の水気をスタッフさんが渡してくれたタオルで拭い、脇道へ入ってみると入口を見つけた。

「バーっぽい。でも食事系のメニューもあるよ」

「こんだけ大人がいれば平気だろ。腹減った」

 飛び入りだったからカメラなしの食事。そこで朔は大きなハンバーガーを注文。私は鮪のフライ。チリソースがかかっていてとっても美味しい。

「ハンバーガー、食う?」

「食べる。鮪は?」

「いる。なんだっけ? アヒって言うんだろ?」

「うん。ポキも食べたいね」

「あと、海老」

「ノースショアにあるのが有名みたいだよ」

 朔といると話が尽きない。取り留めのない話だけど私達はよく、くだらない事で笑い合う。明日の予定の予想話で盛り上がりながら食事して、お腹が満たされた私達はワイキキの街へ繰り出した。

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