ところが、その考えは、少しばかり甘かった。

「十兵衛の正体って、どんな人ですか?」

 寺子屋の人たちが、貸本屋に集まっていた。

「あの~、それは、秘密でね」

 お母さんが困っている。

「ただいま」

「青ちゃんだ! 青ちゃんなら知っているかも」

 人が集まってきた。

(何事?)

「十兵衛って誰だか知っている?」

「知らないかな、本を届けに来るおじさんもお姉さんもいっぱいいるし、誰だろうか?」

「なんだ、知らないのか?」

(いいえ、私とお父さんです)

 心の中でそう思っていた。

「もしかして、青ちゃんは、十兵衛先生が昼前にお金を取りに来ているから会えないんじゃない?」

「夜、働いているのかな?」

「それじゃあ、あの、ほっこりした内容に対して、遊女とかかな?」

「そ、そうかな? そうではないと思うけど……」

「でも、遊女だったら、名前を筆名にするのはわかるよね」

「うん、理想像が崩れるから」

(あ~、もう違うのに~……)

「みんな、どんな人か気になるのは、分かるわ、でもね、十兵衛先生は姿を見られたくないの、だから、探さないであげてね」

「え~」

 集まっていた子供たちが不満そうな声を出す。

「おもしろければ、それでいいじゃない」

「……うん」

 一人が頷いた。

「十兵衛先生は、姿がばれたら、次を書かないかもしれないだろ、みんな探すのはやめようぜ」

「つまんない」

「私は、探すよ」

「私も」

 女子二人が、そう言って貸本屋を出て行く。

「は~、すみません」

 残った三人が、頭を下げた。そして、貸本屋を出て行った。

「は~、危なかった」

「そうね、ばれなくてよかったわね」

 お母さんがそう言って笑っている。

「笑い事じゃないよ、こっちには解散がかかっているんだから」

「そうね、子供が書いているなんて、いけない事よね」

「そうだよ」

 口をとがらせてそう言った。

「まあ、有名になるとたまにあることなのよね」

「そうなの」

「それじゃあ、青は、花道先生がどんな人か知っている?」

「そういえば、知らないな?」

「作風からだと、どんな人だと思う?」

「可憐で美しい女の人か、美男子の学生とかかな?」

「そうでしょう、そう言う理想像があるでしょう。でも、花道先生は、実は、二児の母肝っ玉母ちゃんなのよ」

「ええ~! あの作風で!」

「そうなの、以外でしょう、でも、そう言ううわさが流れないのは、どうしてだかわかる?」

「わからないかな?」

「私たち貸本屋は、口が堅い人しか出来ないのよ」

「なるほど、つまり、言わなければばれないと言う事だね」

「まあ、大体はね」

「大体って事は、何か他にばれることがあるの?」

「まあ、何かは、あるのよ、なにかは……」

「?」

 不思議に思っていると、客が入って来た。

「いらっしゃいませ」

「……」

(真剣に本を選んでいるんだな)

 なぜか、一生懸命さを感じる女の人だった。結局、三冊を選び借りて行ったのだった。

「ああいう人は、本が好きだけど、しゃべるのが苦手なのね、そう言う人はには、声をかけなくてもいいのよ、でも、あいさつは忘れちゃだめよ」

「はーい」

 そう返事して部屋に行った。

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