正体

 そして、また日が流れた。

「『ざしきわらし』の収入も一七〇文を超えたね」

「うん、写本も七冊になったし大人気だね」

『ざしきわらし』の人気は、全く落ちる気配がなく、みんながどんどん借りていくのだった。

「何が流行るかわからないよね」

「そうね」

 花ちゃんも縁側に座ってそう言う。

「でも、全く売れないわけじゃないのだから、誇りに思っていいのよ」

「まあね」

 花ちゃんは、ボケーとしてそう言う。

「花ちゃんは、やっぱり、四冊目の事を考えているの?」

「私が考えることじゃないよ、だって、挿絵書いているだけだしね」

「まあ、花さんは、そう言う感じでいいんじゃない」

 お宮様は、お茶を飲んでそう言った。

「それより、私たちは、十兵衛をやっていることを誰かに教えてはいけないと言う事よね?」

「うん、言いたくなるよね」

「そうでしょう」

「私も、あの絵を描いたのは、私ですって言いたい」

 花ちゃんもノリノリでそう言う。

「でも、ばれたら、私たちは解散だからね」

「そうだよね、それは、嫌だな」

「だから、言ってはダメよ」

「はい」

「はーい」

 三人で一斉にため息をついた。

(本当は、言いたいよね)

 心の中で葛藤する。言ってしまいたくなる衝動は、三人共しょっちゅうあるみたいだったので、有名になるって怖いことなのかもしれない。

 ふと、そう考えたりした。

「お金は、どうする」

「あなたたち二人で好きに使ったら」

 お宮様が平気な顔をしてそう言う。

「お宮様は、お金に魅力を感じないよね」

「それは、たくさんありますもの」

「いいな~、金持ちはさ~何もしなくてもお金が入るんだものね~」

 花ちゃんが嫌味っぽくそう言う。

「まあまあ」

 花ちゃんをなだめると、本を借りに来る人が入り口に立っている。

「いらっしゃいませ」

「あ、あの、花道先生の新作ってまだ入ってませんか?」

「お母さんに聞いてみますね」

「お願いします」

「お母さん、花道先生の帳簿は?」

「あるわよ、何に使うの?」

 お母さんは、棚の上の帳簿を取り出した。

「借りたい人が来ているの」

「まあ、いらっしゃいませ」

「あ、あの、ありますか?」

「はい、一冊残っているようです」

「よかった。他の貸本屋で手に入らなくて、もやもやしていたのです」

「それは、見つかってよかったですね」

「はい」

 花道先生の本を持って鼻歌で書けていく男性。

「あの人、本当に花道先生の本が好きなんだね」

「そうね」

 お宮様も頷いた。

「それは、そうと、帰る時間だわ」

「そうだね、またね」

「うん、また」

 二人が帰ったので、私も宿題をして、次の日を待った。


  ☆ ● ☆


 次の日、寺子屋では。

「ねえ、この十兵衛って人、どんな人だと思う」

 そう話している人がいた。

「他の作品も読んだ感じだと、男か女かもわからないよね」

「十兵衛だし男じゃないの?」

「そう言う筆名でがんばっている作者って多いらしいよ」

「え~、そうなの?」

「うん、性別や家元がばれたくない人とかは使うみたい」

「家元って事は、お金持ちかな?」

「いや、逆に貧乏で、理想像が壊れるから隠していることもあると思う」

「じゃあ、魚屋のドラ息子とか」

「ああ、確かに理想像が崩れる」

 ケラケラ笑ってそう言っている人たちを見て。

(私が書いたんですよ。言えないけれども……)

 教科書を開いて、そう思うのだった。

「なあ、十兵衛探ししないか?」

「えっ? 本人を探すの?」

「ああ、みつけて、どんな人かみてやろうぜ」

「ダメだよ、秘密にしたいから筆名でやっているのに」

「だから、余計知りたくなるんだよ」

「もう!」

(これから、十兵衛探しが始まるようだな)

 見つかりませんようにと祈りつつ見ていた。


  ☆ ● ☆


 帰り、花ちゃんと、さっきの学友の話をしていると。

「ばれたら、即解散だからね」

「えっと、うん、だって子供が商売なんて、だめだもんね」

「そうだよ、規則破りになるんだよ」

「何とか、隠さないとね」

「でも、学友が書いているなんて、思う人がいるかな?」

「いないといいな」

「そうだね、いないとは、言いきれないよね、限りなくなさそうだけれどね」

「まあね」

 花ちゃんは、呆れてそう言う。

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