次の日、また、寺子屋帰りに、私の家に三人が集まった。

「今日こそ、返しに来るかしら?」

「気長に待った方がいいわよ」

 お母さんは、そう言う。

「わかりました」

 お宮様もおとなしくしている。

 待てど暮らせど、返しに来る人は来ない。

「今日も、来ないのかな?」

 花ちゃんが、そう言ってシュンとする。

「気長にね」

 お母さんは、そう言って、お茶を出してくれる。

「ありがとうございます」

 私は、正直、まだ来ないことに安心していた。

(怒られたくなんてないな……) 

心の中で、少しばかりそう思っていた。


 ☆ ● ☆


 そして、二時間経った頃。

「今日も、来ないのかな~」

「う~ん」

 そう話していた時。前、本を借りたおじちゃんが来た。

「!」

 三人でつばをのんだ。だけど、その人は、怒るどころか淡々と返却だけして行ったのだった。

(えっ、文句を言わないの?)

 心の中で、出来が気に入らないと言ってくれたらいいのにと思った。

「感想聞きたいよね」

 お宮様がそう言う。

「うん」

 花ちゃんも頷く。

「追いかけよう」

 店の外にいるおじさんを追いかけた。

「待って下さい」

「何だ? 貸本屋の娘じゃないか」

「はい、あの本の感想を聞こうと思いまして……」

「ああ、あの本ね、すごい下手な新人だね」

「えっ、あっ、そうですか?」

「十兵衛の名を語るのは、よくないと思うし、女が金だけのために結婚するなんて、浪漫(ろまん)がないよ」

「浪漫(ろまん)?」

「ああ、せっかくお話なのだから、愛を貫いて、貧乏に暮らしたほうがおもしろいと思うのだが、そう言う意外性が全くなくて、つまらない本だったな」

「意外性がないのですか? ありがとうございました。十兵衛の名を語った人に言っておきますね」

「そうだな、設定がつまらんとも言ってくれ、ありきたりだし、ありえないし、まるで、何も世の中を知らない、箱入り娘が書いた本みたいだった」

「箱入り娘ですか、当たっているかもしれませんね」

「作家さんは、年はわからんが、かなり若い人がまねして書いたってところだろうね、貸本屋も断れないくらいのお金持ちとかね」

 おじさんは、そう言って去ろうとした。

「あの、また、貸本屋に来てくださいね」

「ああ、もちろんだよ、青ちゃん」

 おじさんは、笑顔でそう言った。貸本屋の評判を落としたくないので、あいさつは、大事だ。

「青ちゃん、また、つまらないって言われたね」

「う、うん」

「何がいけないのか、まとめよう」

「うん、設定がいけなかったと言っていましたわ」

「そうだね、お金のためだけに女は結婚しないって言っていたね」

「うん」

「お金がなくても愛に走る方が物語になるって、言っていたね」

「つまり、私たちの作品は、物語になっていないって事かな?」

 私がそう言うと、みんなは。

「なるほど、物語になってないか」

「あっと驚く展開もないし、整合性がなくて、現実味がない、全くだめだよね」

 私は、づけづけとそう言った。

「話ではあるが、物語ではないか、何か難しい」

「そうだよ、分からないよ」

 二人は、認めたくないようだ。

「二人は、おもしろいと思っていた?」

「うん」

「もちろん」

「それじゃあ、子供には、楽しめる内容だったのかな?」

「子供には……か……大人向けに書いたつもりだったから、分からないな」

「でも、子供向けだとしても、子供から、お金は取れないし、元も子もない話だったんだね」

「私たちは、背伸びしているからダメなんだと思わない?」

「それって、私たちの身の丈に合っていないからダメって事?」

「うん、そう思う」

「私たちの身の丈か、それって、どのぐらいなのかな」

 花ちゃんが頭を抱える。

「私たちの身の丈じゃ、寺子屋物語しか書けないよね、学生だから寺子屋の事しか知らない物」

「そう言えば、箱入り娘見たいって言われたけど、箱に入っていたというより、子供だっただけなんだよね」

「そうだね」

「それじゃあ、私たちでは、大人の読者は手に入らないと言う事になるの?」

 花ちゃんが困ったようにそう言う。

「だから、私たちは、貸本を書く事自体が向いていないんだよ」

「えっ、それって、あきらめるって事」

「うん、だって、下手な作品ばかり作り続けたい? 私は、嫌かもしれない」

「「……」」

 二人は黙った。

「私たちじゃ、無理なんだ。と言うわけで十兵衛姫は解散です」

「えっ! なんでそうなるの?」

「だって、そうでしょう、もう貸本は書かないんだから」

「でも、そんなのさみしい」

 お宮様がそう言った。

「十兵衛姫は、活動休止で、三年後でも、五年後でもいい、また再結成しよう」

「三年後、五年後ね、そのぐらいでやりたくなるかな?」

「そのくらいになったら、作品だって進化するはずよ」

「どうだろう?」

「こんな終わり方嫌だわ」

 お宮様は、声を荒らげてそう言った。

「青ちゃん、本当にいいの? 本当は、青ちゃんだって書きたいんじゃないの?」

 花ちゃんが心配そうにそう言う。

「いいんだって」

 少しばかり強がった。

 お宮様は、走っていなくなった。

(こんな最後、私だって望んでいないよ)

 心が暗くなる。


  ☆ ● ☆


 貸本屋に戻ると、お母さんが心配していた。

「どうだった? もめていたみたいだけど……」

「本の事で、お宮様とけんかしちゃった」

「まあ、困ったわね」

「何が? 困るの? お母さんには関係ない事じゃないの?」

 少しイライラしてそう言った。

「三冊目はどうするの?」

「書かないよ」

「えっ?」

 お母さんは戸惑っている。

(書くと思っていたんだ)

「あきらめちゃうの?」

「ううん、しばらく活動休止なんだ」

「そう」

(お宮様とは、仲が悪いままだけど)

「青ちゃんお母さん、青ちゃんに無理させないでください」

「うん、そうするね」

「花ちゃん、私は大丈夫だよ」

「でも、心配なの、青ちゃん強がりだから」

「ありがとう」

 花ちゃんも帰って行った。


  ☆ ● ☆


 そして、夜、お母さんに呼ばれて、お母さんのところへ行った。

「お母さん、何か用事があった?」

「青が悲しそうだったから、ついね」

「私が、悲しそうに見える?」

「みんな、気が付いているよ」

「……」

 何も言えなくなった。

「お宮様とどうしてけんかしたの?」

「私が、私たちの小説は出来てない、私たちじゃ書けないって言ったからなんだ」

「青たちじゃ、書けない? どうしてそう思ったの?」

「私たちの書けるものは、寺子屋物語だけだって気づいたの、だって経験もないし、考え方だって子供だし」

「それの、何がいけないの?」

「だって、大人の貸本屋で寺子屋物語なんて、うけるわけがないじゃない」

「うけないって、ダメだって、誰が言ったの?」

「!」

(そうだ、ダメって言ったのは、私だ)

「誰もダメなんて言ってない」

「青は知らないかもしれないけど、貸本の中には、寺子屋の話だって何作もあるのよ」

「! 本当?」

「ええ、嘘をついてもしょうがないでしょう、それに、大人は、子供の世界の話が好きだったりするよ」

「何で?」

「昔、自分も子供だったからよ」

「そうだね、大人だって子供だったときがあったんだものね」

「そう、そして、自分はこうだった。自分はこう思ったって本好きが集まって盛り上がったりするのよ」

「そうなの?」

「ええ、青は、考え過ぎだったのよ」

 お母さんは、優しくそう言った。

(私、考え過ぎていたんだ)

 心が軽くなった。

(明日、お宮様に謝ろう)

 そう思い、部屋に戻ろうとした。

「おやすみなさい、青」

「お母さん、おやすみ」

 あいさつして別れた。

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