できそこないの貸本

 次の日、お宮様と花ちゃんは、開店三時間前に遊びに来ていた。

「あの、その、本は、どうなりましたか?」

「ちゃんとあるよ」

「内容をもう一回見せて」

 お宮様は、一生懸命紙をめくる。

「ちゃんと、普通の新着の本と同じように、新着棚に置くから安心して」

「うん」

 二人は、売れると確信があるようだった。

(そんなに甘くないのに)

 心の中でそう思った。

「みんな早いわね、それじゃあ、本の並べるのを手伝ってくれる」

「はい」

 二人は、居ても立っても居られない様子だった。

「花ちゃんは、これを右の棚に置いてくれる?」

「はい」

「愛猫物語は、一巻から順番に並べてね、順番が違うと間違えて借りる人がいるから、気を付けて」

「はい」

「オススメの本の所に花道先生の新刊を並べて」

「はい」

 みんなせっせと働いている。すべては、借りる人を見るために。

(そんなに甘くない)

 心の中でそう思った。

「どうしたの、青? しかめ面して」

「ううん、何も」

 あえて明るくいた。

(みんな、がっかりしないといいな)

 心の中でそう思った。

「それじゃあ、もうすぐ開けるから」

「待ってました」

 ガラッと戸を開けると、十人程が立っていた。

「お待たせしていました。開いていますよ」

 中に入った人が、本をペラペラめくりながら見出した。

「私たちの本も見てくれる人がいるかな?」

「どうだろう」

 ワクワクしている二人に対して冷めてしまう。私は、ダメなのだろうか?

 一人の男の人が本を手に取った。

(売れるかな?)

 すぐに戻して行った。

「まだまだよ」

「うん、今の人がたまたま合わなかっただけだよ」

 二人は、口々にそう言う。

「愛猫物語、最新刊貸出ね」

「おう」

 おじさんがそう言って、名前を書いて行く。

「またのお越しを」

「「またのお越しを」」

 全員でそう言う。

「これから、借りる人がいるはず」

「うん」

 二人は、まだ、始まったばかりなので、希望に満ち溢れていた。

(大丈夫かな? 売れないって事はないよね?)

 不安になって行く。

 そして、三時間後、お昼の時間が来た。

「ああ~、結局借りる人は0人だったか」

 花ちゃんが珍しく大声を出す。

「手に取る人はいるんだけど、誰も借りてくれないね」

「ね~」

 私は、ひかえめにそう言った。

「きっと、怖い話より、恋愛が読みたかったとかだよ」

「そうだね、きっとそうだよ」

(まさか、私たちの実力不足なんて言えない)

 心の中で罪悪感が貯まって行く。

「まあまあ、みんな、最初の一人は、意外なところからくるものよ」

 お母さんは、優しくそう言う。

「そうですよね」

「お腹すいていたでしょう、おにぎり食べて」

「ありがとうございます」

「中には、何が入っているのかしら?」

 お宮様がびくついて取るので。

「梅干しとかじゃない」

「そ、そう、梅干しね」

 お宮様が食べ始めたので、食べると。

「おいしいね」

 花ちゃんがそう言った後。

「すっぱーい」

 お宮様がシュンとしてそう言った。

「私の家の梅干しは、こんなに酸っぱくない」

(高い物って酸っぱくないんだ)

 ふと、そう思った。

「もっと、甘いのよ」

「あら、それなら、よかったじゃない」

 お母さんは笑顔でそう言う。

「酸っぱい物がいい? どこがいいのですか? 嫌な思いをしたのですよ」

「ええ、だって、庶民の味を知れたのですもの、いい事じゃないの」

「まあ、そうですね」

 お宮様も納得した。


 そして、また三時間、人が入れ替わ入ってくるが、借りられる気配はなかった。

「どうして借りてくれないのよ~?」

 お宮様は、発狂しかけた。

「あんなにがんばったのに、なんでなのよ」

「貸本は、がんばりと出来は比例しない物なのよ」

 お母さんは、優しくそう言う。

「三か月かけて書いたって、一冊も借りられなかったり、はたまた、一日で書いたものが大人気、分からない世界なのよ」

「そうなんですか」

「ええ、そうよ」

 結局、その日は、一冊も借りられず、店を閉めた。

「ダメだったね」

「うん」

「明日には、売れるって」

「そうだといいね」

 お宮様も、落ち込んでいる。


  ☆ ● ☆


 その夜、お母さんと話をした。

「やっぱり、実力不足だね」

「そうでしょうね」

「お母さんは、何でみんなにそう言わないの?」

「自分で気が付かなければ意味がないのよ」

「そうなの?」

 なんとなく言ってしまった方が早い気がしてしまう。

(でも、お母さんが言うんだから大丈夫だよね)

 今まで、何年も貸本屋を経営してきたお母さんが言うのだから。

 心配と不安はあるが、お母さんを信じることにした。

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