次の日、寺子屋に向かう準備をする。

「青ちゃ~ん」

 花ちゃんの声がする。

「は~い」

「おはよう、今日こそ、借りられるといいね」

「うん、そうだね」

 苦笑いしてそう言った。


  ☆ ● ☆ 


 寺子屋に着くと、すぐにお宮様がこちらに来た。

「今日こそ借りてもらえるといいわね」

「うん、そうだね」

「青ちゃん、何か隠していない?」

「かくしてないよ、いつも通りだよ」

「そうかな?」

「何か知っているの?」

「え~と、え~と、それは、自分で気が付かなければダメなんだって」

「何か見落としているって事?」

「たぶん」

 私は、渋々頷いた。

「青ちゃんのお母さんがそう言ったのなら、何か足りないのかも」

「今日、貸本屋で見てみよう」

「うん、放課後は、青ちゃんの家ね」

「はい」

「うん」


  ☆ ● ☆


 そして、放課後、私の家に集まっていた。

「何が足りないのかしら? 表紙もある、絵もあるし、何もかけている所はなさそうだけれど……」

 本をめくって、お宮様がため息をつく。

「あのね、物が足りないんじゃないんだ」

 私は、つい、そう言ってしまった。

「物じゃない、となると中身かしら?」

 パラパラと読むが、変な感じはしない。

「何が足りないのかしら?」

「う~ん」

 三人で、悩みだしてしまった。

「ああ、もう、分からないわよ」

 花ちゃんとお宮様が、ピリピリしてそう言う。

「落ち着いて~」

 その時、一人の人が入って来た。

「新刊は、入っているかな~!」

 そう言って、私たちの本を手に取った。

「これは……」

 そっと戻した。

「何、あれ! すごいと思ったの? それとも下手だと思ったの? はっきりしなさい!」

 お宮様が怒った声を上げる。

「あの人に聞いてみようよ」

「あの~、さっき、『呪われた屋敷のおばけ騒動』を手に取っていましたよね?」

「ああ、あれは、だめだね。十兵衛と書いてあったから見たが、別な人が書いたものだ、絵も子供っぽいし、文もうまくない、あんな本に金なんか払えないよ」

「そうですか」

 しゅんとして、戻って行った。

「どうだった? なんか言っていた?」

「絵が子供っぽくて、文もうまくないって」

「……そう」

「でも、そうだよね、私たち子供だから、子供の怖いを大人が見ても、何とも思わないんだろうな」

 花ちゃんが落ち込んでそう言う。

「子供の怖いで終わってしまっていたって事ね」

 お宮様が考え出した。

「つまり、大人に怖いと思ってもらえなければいけないのね」

「そもそも、貸本屋って、大人の来るところだしね」

「そうよ、お客様にあった本を書かなければ、だめなのよ」

「でも、私たち、まだまだ子供だよ」

「う~ん」

 本を開いてみると、私は、絵も怖かったし、内容も怖いと思った。

(これでも子供っぽいんだ。大人ってすごいな)

「青ちゃん、どう思う?」

「わかんない」

「それなら、十兵衛さんに聞こうよ」

 花ちゃんがそう言った。

「そうしよう」

 帳簿付けをしている。私のお父さんに声をかけた。

「あのっ!」

「何だ? 駄賃が欲しいのか? やらないぞ!」

「違います」

「じゃあ、なんだって言うんだ!」

「私たちの本、何がダメなのでしょうか?」

「はっきり言う、いい所がない」

「えっ?」

(お父さん! もっと言い方があるでしょう!)

 私は、お父さんをひっぱたいてやりたくなった。

「いい所などない、絵は安っぽいし、内容もありきたりだ。おまけに描写も下手ときている。いい所などないだろう」

「そんなにダメだったの?」

 お宮様の顔が蒼白している。

「大丈夫?」

「放っておけ、みんなが一度は通る道なんだ」

 お父さんは、そう言って、帳簿付けの続きを始めた。

「ごめんね、花ちゃん、お宮様」

「ううん」

 花ちゃんは、遠慮がちにそう言う。

「私たちの本は、いいところがない、はっきり言われてよかったのかもしれないよ」

 花ちゃんは、無理にそう言った。

「そうね、次は、大人が読む内容で書きましょう」

「そうよ、私も勉強する」

 花ちゃんとお宮様は、目が燃えていた。

(本当だ。気が付いたら、がんばる気になった)

 お母さんが助言をしなかったのは、このためだったのだろう。

「次こそ、すてきな作品で大儲けよ」

「ええ」

「私もがんばるよ」

 私も気合が入った。

「みんな、気を落としていない? やめたくなったりしていない?」

 お母さん声をかけてきた。

「いいえ」

「むしろ、燃え上がってます」

「大丈夫みたいだよ、お母さん」

「そう、あなた達は、向いているのかもしれないわね」

「? 作家にですか?」

「ええ、だって、やる気があれば何も怖くない物」

「確かに! やる気があるのが一番いいよね」

「そうだね」

 三人で盛り上がった。

「青は、いい友達を持ったわね」

「うん、みんないい人だよ」

「それじゃあ、二冊目も期待しているから」

「に、二冊目!」

 三人で顔を見合わせる。

「あら、一冊でやめるつもりだったの?」

「いいえ」

「それなら、二冊目を待ってもいいでしょう」

「はい、必ず書いて見せます」

「がんばってね」

 お母さんは、そう言って、店に戻った。

「あのね、この『呪われた屋敷のおばけ騒動』は、とっておきましょう」

「そうね」

「私たちの失敗をここに残して、もっといいものを作るって事」

「そうだよ、失敗は成功の基だよ」

「そうだよね」

「「「負けないんだから~」」」

 三人で、気合いを入れた。

「でも、漠然と直すところが分からないよね? どうする?」

「うん」

「せっかくだし、貸本屋に来る人に悪いところを言ってもらいましょう。みんな本をたくさん読んでいる。読書人だから、いい助言をくれるでしょう」

「それはいいね」

「やりましょう」


  ☆ ● ☆


 店の前に立って、来る人来る人に。

「この本のダメなところを教えてください」

「どれどれ」

 おじさんが本を開く。

「まず、絵は、私は、浮舟先生が好きだから、参考にしてみればいい、内容は、今まで読んだことのないワクワクがない。文は、なんだか読みづらいな」

「ありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

「浮舟先生って、確か『あやかし恐怖物語』の人だよね?」

「うん」

 急いで、『あやかし恐怖物語』を開く。

「こ、怖い」

「すごい絵、まるで訴えかけてくるようね」

 その絵は、異彩を放っていた。

「こんなの書けないよ」

「そうだね、この絵師は、天才だ」

「怖いって、この位までしなければいけないの? こんなの無理だよ」

「でも、そう言う事なのだろうね」

「うう、一応がんばってみるよ」

「次も怖い話は、やめた方がいいと思うわ」

 お宮様がそう言った。

「怖い話じゃないのを書くって事?」

「ええ、人情劇にしましょうよ」

「確かに、これほどの絵は、必要ない物ね」

「それなら、このままの絵でもいいの」

 花ちゃんがほっとした。

「二冊目は、人が人とどうつながるか? みたいなものでいいんじゃないかしら」

「そうしよう」

「そもそも、怖い話は私たちに合っていなかったのかもしれないね」

 花ちゃんも笑ってそう言う。

「みんな、日が陰って来たから、帰りなさい」

 お母さんのそんな声が聞こえた。

「は~い」

 二人は、カバンを持って帰って行く。

「さよなら」

「うん、またね」

「また来ます」

 二人が行った後、お母さんと話をした。

「やっぱり、お母さんの言うとおりだったみたい」

「そうでしょう、自分たちが納得する心が大事だったのよ」

「みんな、やる気満々だし、二冊目も書くよ」

「でもね、二冊目だって、借りられないかもしれなのよ」

「そうだよね……売れないことも考えなければいけないんだ」

 そのことは、考えていなかった。

「どのみち、0からの始まりじゃない、減ることは無いでしょう」

「そうだよ、減ることは無いんだ。増えることはあっても」

「そう、0だって、いい数字よ」

「そうだね、がんばるよ」

 気合いを入れてそう言った。

「ところで、今日も、一緒に寝て欲しいの?」

「うん、だって、『あやかし恐怖物語』の挿絵が怖すぎて、寝れないんだよ」

「そう、確かにあれは、怖い本だものね」

 お母さんが微笑む、

「さあ、お休み」

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