次の日、今日は、休みだったので、お宮様と小説を書こうと待っていた。

(こないな~)

 いつもなら、一番に乗り込んで来るのに、なぜか来なかった。

(どうしたんだろう、来ないは、来ないで心配になるな……)

 待っていると、花ちゃんが来た。

「青ちゃん、おはよう、お宮様は? まだ、来てないの?」

「まだみたい」

 雨の降りそうな空を見つけて、二人で待っていた。

 しかし、三十分してもこないので。

「さすがに、何かあったのよ」

「う~ん、確かに、お宮様が来ないのはおかしい」

「お宮様の家に行ってみない?」

「うん、行こう」

 貸本屋を出ようとしたとき、お母さんが。

「どこに出掛けるの?」

 そう聞いてきた。

「お宮様の所」

「そう、気を付けて行ってらっしゃいね」

「は~い」

 そう言って手を振った。

「さあ、行くぞ!」

「お~!」

「ところで、花ちゃん、お宮様の家ってどっち?」

「知らないの?」

「うん」

「丘の上のでっかい家よ」

「そうか、やっぱり、でっかい家か」

「和風だから、瓦屋根が乗っかってて、畳の部屋が数え切れないほどある、びっくり屋敷だよ」

「そ、そうなの」

 少しドキドキした。

(そんなにすごいところなのか……私たちが行って場違いじゃないかな? 追い出されたりしないかな?)

 丘に向かって歩いて行くと、大きな屋敷の囲いが見えてきた。

「うわ~、この長い囲いの中、全部がお宮様の家なのね」

 そこに広がっていたのは、どこまでも続くように見える屋根瓦だった。

「そうみたいね」

 花ちゃんも、ごくっとつばを飲む。

「入れるかな?」

「大丈夫よ、私たちは、十兵衛姫だもの」

「そうね」

 そう言って、門をたたく。

「すみません、すみません」

「何用だ」

 青い着物を着た男の人が門から出てきた。

「きっと、門番さんだよ」

「本当だ! 本物を初めて見るよ、お嬢様って感じでいいね」

 二人で驚いて喜んでいると。

「二人は、お宮様のご学友ですか?」

「はい、そうです。青と言います」

「花って言います」

「お宮様に確認を取ってまいりますので、少しお待ちください」

「お願いします」

 そう言って、門番さんがいなくなるのを見ていた。

「しばらく待って居よう」

「うん」

 二人で曇り空を見上げて、待っていた。

「雨、降らないといいね」

「そうだね」

「お待たせしました」

 ほんの十分位で、門番さんが戻って来た。

「お宮様が、間違いなくご学友だと言っておりました」

「そうですか、それなら、入ってもいいのでしょうか」

「いいでしょうね、どうぞ」

 中に入って行くと松が植えられていて、その周りに見たことのない花が、オレンジ色の花弁をこちらに向けて咲いている。

「素敵な庭ですね」

「そうでしょう」

 門番さんは、自慢気だ。

「庭師の手入れが、いいだけでしょうけどね」

 門番さんは、自慢したのをごまかすためにそう言ったようだった。

次に盆栽の並んだところに出たが、お宮様は見当たらなかった。

「あの、お宮様の部屋はどこでしょうか?」

「ここの庭を通らないといけないのですよ、離れですから」

「そうでしたか」

 庭を進んでいくと、離れが見えて来た。

「ここです」

 瓦屋根の小さな家一つ分はある部屋に入った。

 中は、立派な緑色の畳が敷いてあり、掛け軸もある上に、茶道の道具までそろっている部屋だった。

「お宮様……すごい部屋だね」

「あら、皆さん、こんにちは」

「こんにちは」

「ごめんなさいね、色々あっていけなくて、心配させたかしら?」

 お宮様が珍しく慌てている。

「どうかしたのですか? 体調がすぐれないとかですか?」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「じゃあ、何で来なかったのさ」

「えっと……」

 お宮様が困っている。

「宮様!」

 そこに、お宮様の指導係のようなおばさんが入って来た。

「何ですか?」

「今日も失禁して!」

「しっきん?」

「おもらしの事よ、青ちゃん」

「えっ? お宮様が?」

「ばあや!」

 お宮様の顔がみるみる赤くなる。

(あっ、やっぱり、怖い話や絵は、お宮様も怖かったんだ)

 心の中でそう思った。

「笑いなさいよ」

 お宮様は、真っ赤な顔でそう言う。

「え~と、夜一人で厠に行けなかったんだね」

「もしかして、私の絵が怖かったから?」

 結局笑うどころか、お宮様の心配をしてしまった。

「えっと、笑わないの?」

「うん、だって、私も書くようになってから、一人で厠に行けてないから」

 私は、なんでも無いことのように言った。

「そうなの……」

 お宮様は、恥ずかしそうだ。

「でも、お宮様も普通の人間なんだね、安心したよ」

「うん、私も」

「ごめんね、今まで強がっていたけど、怖い物は怖いの」

 お宮様は、白状した。

「無理しなくていいのに」

「ね~」

 花ちゃんと顔を合わせた。

「そう?」

 お宮様が、安心したように頷いた。

「でも、それじゃあ、せっかくの企画書が使えないね」

「そうなるね」

「いいえ、私は、怖い話を書き切るわ」

 お宮様は、燃えながらそう言った。

「え~」

「やめておきなよ」

「何回おもらししたって書いて見せるわ、その位、書き上げたいの!」

「そこまでしなくてもいいじゃん」

 私は、怒りを込めてそう言った。

「別に、本を発表したいのは、お宮様だけなんだから」

「そ、そんな風に思っていたの?」

 お宮様が、ショックを受けたようにそう言った。

「えっ? 違うの?」

「青ちゃん、お宮様は、青ちゃんにもそう言う気持ちでいて欲しかったのよ、きっと」

「そうなの? 私に声をかけたのは、気まぐれとかじゃなかったの?」

「ちがうわよ、同じ気持ちになれる子だと思ったのよ、そうじゃなければ誘っていないわよ」

「そうだったの、何か、私、悪いことしたのかな?」

「私は、お金がかかっているから、やるよ」

 花ちゃんは笑いながらそう言った。

「私だけ、本気じゃなかったんだ」

「気にしないで」

 お宮様は、シュンとしてそう言った。

「ごめんね、本当に」

「でも、無理やり仲間にしたのは、事実だから」

 お宮様が反省している。

「私、これからは、本気でやるよ、私、たぶん、本好きだから」

「本当?」

「うん、だから、怖い話を完成させるようにするよ」

「そうこなくちゃね」

 花ちゃんが腕をまくった。

「それじゃあ、今日は、どうするの?」

「今日は、せっかくだし茶菓子でも食べて行って」

「うん、そうする」

 私は、つい目を輝かせてそう言ってしまった。

「本当、青ちゃんって正直ね」

 花ちゃんが呆れて言った。


  ☆ ● ☆


 そして、運ばれてきたのは、金丸堂の花の形をした茶菓子だった。

「わ~、桃色の蓮の花」

「きれい」

 見とれていると、お宮様が。

「今日は、こんな物しかないけれど、食べて行って」

 お茶を立ててくれた。

「わ~、茶道具ってこういう道具を使うんだ」

 丸くて、茶を混ぜる物、お湯を注ぐしゃく、すべてが目新しかった。

「普通の家にはない物ね」

 お宮様は、当たり前のことのように言う。

「そう言えば、掛け軸の下の色々な色をした壺って、いくらなの?」

「う~ん、家を一つ買えるくらい」

「えっ!」

 じーと色々な色をした壺を見る。

「本当に呪われる」

「大丈夫よ、それは、安物の方だから」

「安物!」

(お宮様の金銭感覚がおかしい)

 心の中でそう思った。

「本当に高い物は、家を十も二十も建てられるらしいわ」

「すごいね~」

 花ちゃんが驚いている。私も激しく同意した。

「でも、確かに、その位の壺を割ったら、殺されそう」

「そうでしょう」

 お宮様の言っていたことがやっとわかった。

「そう言えば、さっきのばあやは使用人ってやつですかね?」

「何で、堅くなっているのよ」

 お宮様は、笑っている。

「だって、壺の話が衝撃的すぎて」

「まあ、青ちゃんにしてみれば衝撃だよね」

「うん」

「それは、いいとして、使用人かどうかだったわよね」

「うん」

「もちろん、使用人よ」

「やっぱり、怖い話に出てくる人もあんな感じなのかな?」

「いいえ、もう少し若いわ」

「ばあやって何才なの?」

「まだ、四十代位だった気がするわ」

「そうなのか、じゃあ、怖い話の女の人は、二十代位なのかな? それとも、もっと若い人かな?」

「二十代ぐらいがいいと思うわ」

 お宮様は笑っている。

「青ちゃん、茶菓子おいしいよ」

 花ちゃんが一口だけ口に運んでそう言う。

「本当!」

「茶菓子を前にして長話してしまってごめんなさいね」

「いいよ」

 蓮の花をくずして、中に入っている甘いあんとの絶妙な味をたんのうした。

「おいしい」

「喜んでもらえてうれしいわ」

 お宮様も嬉しそうにしているので、みんな和やかなムードになって行った。

 その時、外の日の陰り具合を見てしまった。

「もう帰った方がよさそうだね」

「雨も降りそうだしね」

「それじゃあ、気を付けて庭から出てね」

「うん」

 下駄をはいて、外に出る。

「あっ、お宮様、明日は来てね」

「はい」

「おもらしの事は誰にも言わないから」

「お願いします」

 お宮様が深々と頭を下げている。

「花ちゃん、雨が降りそうだから急ごう」

「うん」

 二人で、家まで駆けて行った。


  ☆ ● ☆


 そして、家に着いた頃には、空は晴れていた。

「あら、雲が無くなった」

「夕日が出ているね」

 赤く染まった空は、まぶしくて、二人でしばらく眺めていた。

「雨が降った後だから、梯子が出来ているね」

「知っているよ、天からの光とか言うやつでしょう」

 雲の間から光差して、赤い太陽が見えるようなきれいな光景だった。

「なんだかいいものを見たね」

「そうだね」

 ニコニコしてそう言った。

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