次の日、花ちゃんが恥ずかしそうに迎えに来た。

「あのね、昨日、お宮様が家に来て、私の絵を買いとることにするって言い出したのよ!」

「えっ、買い取る?」

「うん、一枚一文で買い取るんだって」

「ええ~、でも、それって嫌だね」

「そうかな。絵で稼げるってすごい事だと思う、職人みたいで、かっこいいと思う」

「そうか、確かにすごい事だよね」

(お宮様ってやることの規模が違うな、さすがお金持ちだ)

 心の中で、困っていた。


  ☆ ● ☆


 そして、寺子屋に着くと。

「おはよう、青さん、花さん」

 お宮様が出迎えた。

「私たちは、これから三人で十兵衛なのよ」

「えっ、それって、仲間になるって事?」

「ええ、そうよ」

「でも、十兵衛って男の名前じゃ」

「じゃあ、私たちは『十兵衛姫』とか言うのはどう?」

「筆名は十兵衛、組名は十兵衛姫ね、いいわね」

 お宮様ものりのりだ。

「さあ、本を完成させるわよ」

「お~」

 三人で、手を重ねて空へ伸ばした。

「さて、それじゃあ、今日も青さんの家で、集まりましょう、設定画を描いてもらいましょう」

「いいね、気合い入る」

「がんばるね」

 花ちゃんは、きんちょうしているようだった。


  ☆ ● ☆


 そして、私の家に行き、私の部屋で、話し合いが始まった。

「このおばけは、もっと髪を斬ばらに」

「斬ばら? そんな設定だったっけ?」

「刺されて時に紐が切れたのよ」

「なるほど」

 花ちゃんは、せっせと絵を描いていく。

「構図は、もう少し右に寄せた方がいい」

 お宮様が、仕切っている。

「こうですか?」

 描き直したのだが。

「目が怖い」

「はい」

 花ちゃんは、お宮様に対して文句を言わなかった。

(お金がかかっているからなのかな?)

 初めは、そう思っていたが、花ちゃんが本気なことに気が付いた。

(もしかして、花ちゃんって負けず嫌いなのかな)

 一生懸命描いているので、その必死さを見たらそう思えた。

「どうでしょう」

「だめ」

 花ちゃんは、何回も、何回も描く。

(すごい執念だ)

 花ちゃんは、本当に本職になりたいのだと伝わってくるようだった。

「いいわね」

「本当」

 花ちゃんは、やっと笑った。

「これだけ描ければ、誰も文句を言わないわ」

「そうだね」

 そして、見せられた絵は、とっても怖い女の人の絵。

(怖すぎるよ~、また、一人で厠(かわや)に行けないよ~)

 心の中でそう思っていた。

「まあ、絵師も手に入ったし、私たち十兵衛姫もいい風が吹いてきたわね、さあ、がんばりましょう」

「はい」

「おう」

 お宮様の掛け声に気合が入った。


  ☆ ● ☆


 そして、帰りに。

「花ちゃん、今日は、一生懸命だったね」

「うん、だって、悔しいんだもの」

「まあね、あれだけダメだしされたらへこむよね」

「ううん、逆に負けてられるか! と思って、筆が走っちゃった」

「そっか」

 花ちゃんは、すごい人だと思った。

「かんざしの方だって、全部の構図が採用されるわけではないから、ダメ出しには慣れているの」

「そうか、すごい」

 そう思うのが自然な気がした。

「そんなことないよ」

 けんそんするのは、花ちゃんらしい。

「明日も、がんばろうね」

「うん」

 手を振って別れた。


  ☆ ● ☆


「青さん!」

 花ちゃんに夢中になっていて忘れていたら、お宮様の呼ぶ声が聞こえたので振りかえった。

「突然だけど青さん、あなた、夜眠れている?」

「えっと、まあまあ」

 お宮様の言葉にそう答えてしまった。

(実はよく眠れてないなんて言えないや)

 心の中で、困ってしまっていた。

「それならいいの」

 お宮様は、ゆっくり歩いていなくなった。

(私の睡眠について聞いて、何になるんだろう? お宮様は、何が言いたかったのだろうか?)

 疑問に思いながら、お宮様の背中を見送った。

「さあ、今日は、一人で寝れるといいな」

 そうつぶやいて家に入った。

 そして、結局一人で眠れなかった。

(あの絵を思い出すと怖いよ~)

 花ちゃんの描いた絵は、私にとっては、本当に怖かったのだ。

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