第31話

「いや、そういうつもりはないのだが……」

「じゃあどういう意味だっつーんだよ」

「平和のためにご助力……というか、頭脳を貸していただきたいと思って」

「あ? んなの簡単だ。影族が俺を退治したことにすればいい」

「みかちゃん!?」

「ミカ!?」


 突然に何を言い出すのかと目を剥いた3者に、亜芽は平然と続ける。その様子は特に後悔をしているようでもなければ淡々としていて、いっそ空気が読めていないのかと尋ねたいくらいだった。ツァルツェリヤに至っては立ち上がって亜芽のもとまで数歩で近づき膝を折って目線をあわせる。だがそんなことはお構いなしに、亜芽はヒナゲシの方を見ていた。


「みかちゃん何言ってるの? 人間と影族が平和になったら一緒に迷宮探究者になろうって!」

「その平和になるために、共通の敵が必要だって言ってんだよ。俺が敵になって、人間を傷つけた蛇神を影族が総力をもって退治した。それなら人間に恩も売れるし、話だって進みやすいんじゃねえの? そうだな、倒したって証拠に陛下に頼んで俺を結晶漬けにでもして、ちょっとの間さらせばいい。長くは嫌だぞ、見せもんになる気なんかねえんだから」

「貴殿は……それでいいのか」

「別に。ただ条件がある」

「条件?」

「最高200年だ。それくらいならあんただって生きてるだろ。そのときに結晶漬けから解いてもらう。そしたら」


 そしたら、一緒に迷宮探究者になろうぜ。にっと不敵に笑みながら亜芽はツァルツェリヤのいる横を向いた。

 そうだ、200年。それはいまの自分にはとてつもなく長く感じるけれど、人間の感覚で言えば孫が、玄孫が出来たっておかしくない時間だけど。自分たち混血児にとって、それは案外短い時間なのではないかとツァルツェリヤは思う。そしたら、その長い時間が過ぎたら。きっともっと長い時間亜芽といられる。家族で過ごせる。その間に自分は迷宮や街をリサーチして、亜芽が起きた時に備えれば……。


 うつむいてぶつぶつ呟いてもう未来設計を立てているツァルツェリヤは置いといて。飯島和音はぐっと唇を噛む。200年。そんなに長く。自分も北見蓮も到底生きていないだろう時間だ。

 それを1人、結晶の中で過ごすという亜芽。それはどんな心境なのだろう。起きたら家族以外、親しいものは皆死に絶えている。ある種リワインド・インパクト以上の衝撃なのではないだろうか。


「ミカは……ミカは、私やレンに会えなくなっても。それでいいの?」

「輪廻転生があるから、別にいい」

「りんねてんせい?」

「カズネ、知らないのか? 人は同じ魂で何度でも生まれ変わるっていう話だ。そのときにまた会えれば、俺はそれでいい」

「私たちがミカのこと、覚えていなくても?」

「カズネとレンと生きた思い出は俺が覚えてる。それにカヤコは何度だって思い出してくれてる。思い出さない可能性が0なわけじゃないだろ? 思い出さなくったって、カズネはカズネでレンはレン。俺が覚えてる」


 だからいいんだ。当然のことのように言い切った亜芽に、飯島和音はしばし口を閉ざす。カズネはカズネ。たとえ思い出さなくても、いまのような関係になれなくても。出会えればそれだけでいいのだと語る亜芽に、飯島和音は泣きそうになる。だって、辛いじゃないか、4年。4年だ。同じ班として同じ飯を食べてきた仲間が自分を覚えてなくてもいいだなんて。なんでそんな自分勝手に健気なことが言えるのだろう。


 でも、それを亜芽が決めたのなら。自分は見送るべきなのではないか。笑って。笑って。

 だから、飯島和音は、懐にしまったハンカチをもう一度取り出すと。それを亜芽に差し出した。


「私、頑張って覚えているようにするわ。だからこれ、あなたが持っていて。もし思い出さなかったら、これで私のこと、殴ってちょうだい」

「カズネ」

「だからミカ、ミカも私たちのこと。絶対に忘れないで」

「カズネとレンは俺の……美桜螢丸の大切な仲間だ。忘れたりなんかしない」

「そ、う……そうよ、ね。私たち、仲間だもの、ね」


 ぽたぽたと重力に従って落ちていく雫は悲しみからなのか、愛おしさからなのか。飯島和音にはわからなかった。受け取ったハンカチで飯島和音の目元を優しく拭う亜芽。ただわかることは、『自分』はもう十分なほど、亜芽から守ってもらっていて仲間として愛されていたんだということだった。声を殺しながら、嗚咽混じりに笑いながら泣くという器用な表情を見せながら。飯島和音は最後に1つだけ尋ねる。


「レン、レンには会っていかないの?」

「……あいつが目ぇ覚めるまで待ってたら無理だ」

「計画が台無しになる恐れがある。これから1・2時間のうちにそうしなければ」

「そう、よね。風紀委員長が起きる前に、なんとかしなくてはだものね」

「だからカズネ、お別れだ。いままでありがとう。カレー、美味かった。レンにも、つまんねえダジャレ言うのやめろ、でも。……あんたが養父ちちおやでよかったって言っておいてくれ」

「……最後の最後でそんなこと言うなんて、ずるいわよ。ミカの馬鹿」


 またうっすら涙の膜の張った目を必死に開いてにこっと笑ってから、聞きたいことはすんだからと飯島和音は部屋を出ていった。北見蓮のところに向かうのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る