第30話

「どうした? 純血種……ヒナゲシ」

「……いや、そういえば聞きたいことがまだあったのだが」

「なんだ。今は気分がいい、答えよう」

「美桜螢丸はどうなったんだ」


 その言葉に、視線を戦わせていた2人がぎぎぎとゆっくり亜芽とヒナゲシに注目する。

 聞きたくないことを聞いてしまったような、でも聞かなければならないことのような。そんな恐ろしいものを目の前にしたひとの表情だった。


「美桜螢丸は俺だが? 意味が分からない」

「美桜螢丸の意識があることはわかっている。元々、美桜螢丸は蛇神だったのかを聞きたい」

「そうだ。だけどそのことは忘れていたというのが正しいな」

「忘れていた?」

「俺たちは普段は学園……女王陛下の作った箱庭の中にいるが、人間に混じって暮らすことを何度だってくり返す。人間に引き取られて、もしくは人間の胎の中から生まれ育つことを『ホームステイ』というんだが。そのときに前の記憶があると何かと厄介だろう? だから忘れるんだ。人間としての仮初の身体その身の奥に封じてな。まあ今回は封印が甘かったみたいだから、死ぬ間際に思い出したが」

「だからみかちゃん、どんなみかちゃんでも家族だと思うか? って聞いてきたんだ」

「カヤコと学園に属するものは除外するとして。何が嫌っても、家族に嫌われたらおしまいだろう」


 当然のことのように亜芽は腕を組みながら、家族に嫌われたらおしまいだと繰り返す。それはひどく偏った考え方だが、確かにとツァルツェリヤは思った。ツァルツェリヤだって螢丸に、亜芽に嫌われたらとても生きてはいけないと思う。身体が生きていても、心は死んでしまうだろう。そんな感覚なのかと深く頷くツァルツェリヤに、そんな感覚がない飯島和音とヒナゲシは首を横に傾けた。飯島和音は唇からハンカチを離し、大事そうに懐にしまう。それを見ながら、思い出したかのように亜芽は無表情に言った。


「それちゃんと洗濯してあるからな、大丈夫だ」

「ええ、石鹸のいい匂いがするわ。ありがとう、ミカ」

「別に」


 笑顔でお礼を言ってきた飯島和音に、照れたようにそっぽを向く亜芽。そんな態度に、くすくすと笑っている飯島和音にじっとりとした目を向けたのはツァルツェリヤだ。お姉さんぶったその態度が気に入らないというか、亜芽に優しくされているところが気にくわない。


 影族の執着心と人間の独占欲が入り混じったその何とも言えない感情にツァルツェリヤが太腿の上でぎゅっと黒い革手袋をした手を握る。

 それを呆れた目で見ていた亜芽は、こいつもか。と小さくため息をつく。


「エリ」

「……なに、みかちゃんのバカ」

「誰がバカだ。っつーかすねるなよ、面倒くせえだろ」

「っ! め、めんどくさいって!」

「俺が、心配して面倒くせえからやめろ」

「……心配してくれるの?」

「さっきからそう言ってるし、当たり前だろ。俺とお前、この世界じゃたった2人しかいない家族なんだから」


 いや、心配云々は初めて聞いたとヒナゲシと飯島和音は心の中で亜芽につっこむ。別に声に出して言っても亜芽は怒らないだろうが、ツァルツェリヤがうるさそうだ。

 当然のように、あの頃のように向かいに座ったツァルツェリヤに白い手を差し出す亜芽に。うるっと潤んだ紅梅色の瞳で目で見る。その手が優しいことを知っている。ツァルツェリヤをいつも引っ張ってくれたことを知っているから。その手に己のそれを重ねようとしたところで。


「あー……蛇神殿。最後に1つだけいいだろうか」

「なんだ、ヒナゲシ」

「貴殿は今後、どうするつもりか聞いても?」

「なんだ、俺が人間や影族を襲うとでも?」

「みかちゃんはそんなことしないよ!」

「ミカはそんなことしないわ」


 気まずそうに切り出したヒナゲシを、馬鹿にしたように嘲笑った亜芽。そんな2人のやり取りに、亜芽がそんなことをするはずがないと口をそろえて叫ぶ先ほどまで目線で喧嘩をしていた飯島和音とツァルツェリヤ。2人の様子に目を丸くさせながらも、ほのかに口先だけで笑った亜芽に、ヒナゲシはさらに気まずい思いをする。

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