第13話

「涙を……」

「え?」

「涙を拭ってもいいかな、みかちゃん」

「お前、天才とか言われてたけど馬鹿だったんだな」

「みかちゃん程じゃないよ?」

「悪かったな!」


 そう言って螢丸はこうしてやる! と言わんばかりに螢丸はツァルツェリヤの右腕をとると、軍服の固い生地でごしごしと左目をこすった。白い軍服は水をはじく仕様だったらしく、たいして濡れてはいないがそれにあわてたのはツァルツェリヤだ。


「みかちゃんのバカ! 袖でこすったら目が赤くなっちゃうでしょ!? もう、だからバカって言われるんだよ!」

「だからそんなバカバカ言うなって言ってるだろ!」

「ミカくんが馬鹿なんて言われてるのパパ初めて聞いちゃったァ」

「私もよ。というかあんな感情的なミカの声、今日初めて聞いたわ」


 そのとき、ずるずると白いマントを付けた白い軍服の水色の髪に紫苑色の瞳の少女じみた顔立ちの男に支えられるようにして北見蓮と飯島和音がぎいっと扉を開けて姿を現した。扉からちょっと奥まったところでツァルツェリヤが背を向ける形で向かい合って椅子に座っていた2人。その声にばっと弾かれるように椅子から立ち上がったツァルツェリヤはきょとんとして座りっぱなしの螢丸をかばうように白いマントの中に入れる。


「なんの用だ人間。手当てはしてやっただろう、帰れ」

「あー、君がエリくんかァ。いやーなんか初対面な気がしないよねェ和ちゃん」

「そうね。ほぼ毎日ミカから聞かされてたものね」

「ばっ……」

「聞かされてた? みかちゃん、ぼくのこと話してたの?」

「ちちち違っ」

「毎日毎日『エリが言ってた』『エリの方がすごい』『エリと一緒にこうした』ってすごかったんだからァ。よく話題尽きないなって思ったもんだよォ」


 明るく笑いながら白い包帯で左腕を吊っている北見蓮に、マントに隠されつつも隙間から北見蓮と飯島和音の様子を見ていた螢丸はぎょっと目を見開いた。なぜ、先ほどは怪我なんかしてなかったじゃないか。いや、待て。本当にしてなかったか? 自分は北見蓮の左腕なんか見たか? いや、巧妙だったけど隠していなかっただろうか。そこまで考えて、勢いよく飯島和音に視線をあわせれば苦笑いされてしまう。ということは飯島和音は知っていて……というか飯島和音も怪我をしている可能性が高い。


 思わず立ち上がって2人の方に駆け出そうとした螢丸の右腕を、痛くない程度に力をこめて引き留めるツァルツェリヤ。そんなツァルツェリヤを振り返ると、泣きそうに歪められた顔で螢丸を見ていた。


「エリ……?」

「行っちゃやだよ、みかちゃんはぼくと一緒にいるんだ」

「あのなーエリ。あいつらはさっき言ってたレンとカズネで俺の仲間なんだよ。だから」

「やだ」

「もーう、お前ってやつは」


 螢丸より背が10cm以上高いツァルツェリヤの頭に繋がれた手とは反対のそれを伸ばして、わしゃわしゃとツァルツェリヤの白金色の髪を撫でる。かがんでくれているのが少し憎らしかったがきちんと手入れされているのか地なのかさらさらとした手触りが気持ちよくて、いつまでも撫でていられそうだった。撫でられているツァルツェリヤも撫でられてうれしいのか、顔をほころばせている。月明かりと遠い窓辺のろうそくの灯しかない母屋の中で、その笑顔は太陽のように輝くようだった。

 一方、螢丸が自分から誰かに触ったことなどいままで一度もなかったから、北見蓮と飯島和音は驚きに目を丸くしていたが。


「大丈夫だから。俺ちゃんとエリがいるとこ戻ってくるからさ、な!」

「みかちゃん……」

「え? これってそんないい話風になるの? エリ君も一緒に僕たちのところに来ればよくない?」


 思わずぽろっと口をこぼした北見蓮はぎろりとツァルツェリヤに睨みあげられる。殺気にも似た威圧すら感じるそれに硬直したのは北見蓮と飯島和音だけではなかったらしく、2人を支えている白い軍服の男が一瞬ぐらついた。


「みかちゃん以外がエリって言うな。殺すぞ人間」

「君ミカくんに性格そっくりだねェ」

「本当ね、さすが家族だわ」

「みかちゃんはぼく程性格悪くない」

「いや、俺お前ほど優しいやつ知らねえし」


 にこっと笑いながら螢丸が言えば、感動したように抱きつくツァルツェリヤ。それは大型犬が主人にじゃれつくのに似ていて。うれしそうにそれを受ける螢丸も込みでほのぼのとした光景だった。初めて見た螢丸の笑顔に、こちらもきょとんとしてしまった飯島和音と北見蓮。螢丸が第1班に配属されたまに違う班に出張にも行ったが4年間だ。スリーマンセルとして決して短くはない時間を共にしてきたのに、知らなかったということになんとなく隔たりを感じた。


 自分たちでは螢丸の凍ってしまった心を取り戻すことができなかった、それどころか戦闘には不要なものだからと切り捨てさせていたのだとまざまざと感じさせられて、ぎゅっと唇を噛む2人。

 そんな2人を不思議そうに見たのは螢丸だった。

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