第12話

「それでな、そのレンってのがさ!」

「うん、つまらないダジャレ言うんでしょ? それさっきも聞いたよ」

「そうか? じゃあカズネがいっつもため息ついてるんだけど……これ言ったか?」

「それは聞いてないかな」

「そっか、じゃあ話すな!」


 嬉しそうに、シチューを食べながらにこにこと笑いながら話す螢丸にツァルツェリヤはそっと目を伏せた。


 本当は、本当は2人もわかっている。わかっているのだ。でもこうして久々に再会した家族。食事くらいゆっくり楽しみたくて、わからないふりをしている。

 例えば、なんでツァルツェリヤが生きているのかとか、どこに所属しているのかとか。ちょっと考えればすぐにわかる。

 それを必死にわからないふりをして2人は今ここにいる。


「それで」

「みかちゃん」

「エリ? なんだよ、どうし」

「わかってるよね? ぼくが、人間じゃなかったこと」

「あ……な、なに言ってるんだよ。エリは、エリは」

「いいんだよ。ぼくは人間じゃない。でも影族にもなりきれない。中途半端な、人間と影族の混血だってこと」


 笑顔だったのが一転してはくはくと泣きそうな顔で空気を噛むように口を動かす螢丸に、儚く笑いかけながらツァルツェリヤは自分もシチューを掬ったスプーンを口に運ぶ。そう、例えばこのリワインド・インパクト以前のような濃い味のシチューに関しても。物流の途絶えた世界でどうやってルーを手に入れているのかとか。

 拳を握りなんとか「エリは、エリは」とごまかそうとしている螢丸に、ツァルツェリヤ苦笑する。


「だから、ぼくは助かった。ぼくが人間じゃなかったから、影族でもなかったからぼくは生きてたんだ」

「エ……リ」

「みかちゃんは、そんなぼくのこと嫌い? もう、家族だなんて思えない?」

「違っ」

「僕が所属してるのは、対人間の風紀だよ。この制服、見たことあるでしょう?」

「あ……あ……」

「たくさん、影族を殺したよね。噂、ちゃんと届いてたよ。ぼくも、たくさん人間を殺してきた」


 対影族の風紀が黒い軍服なら、対人間の風紀は白い軍服だ。それは座学で一番最初に教わることであり、一目で敵か味方かをわけられる重要なアイテムだ。

 かたかたと震え、三白眼を極限まで開き幽霊でも見たように怯える螢丸。そんな螢丸に優しく笑いかけるツァルツェリヤが、自分の知っているツァルツェリヤとは別人になってしまったようで螢丸は怖かった。


「なん……で」

「みかちゃん?」

「なんでっ! なんでそんなこと言うんだよ! 俺たち家族だろ!? なんでそんな、嫌いになったとか意地悪いこと言うんだよ!」


 ぱたぱたとたった1つの左目で大粒の涙をこぼして、太腿の上でぎゅっと手を握る螢丸にツァルツェリヤはぐっと耐える。本当はその目に流れる涙を拭ってあげたい。泣かせるものは殺したい、たとえそれが自分自身だとしても。螢丸の敵はツァルツェリヤの敵だ。


 あの頃。初めてこの教会に来た頃、その影族にも似た容姿とどこかぼんやりとした性格で周りに溶け込めなかったツァルツェリヤを、螢丸だけが手を引いてくれた。「一緒に遊ぼうぜ!」と言って笑ってくれた。悲しくて泣いていたら服の袖で涙を拭ってくれた。それがまた涙がこぼれるほどうれしくて。だからそのときに決めたのだ。螢丸の敵は自分の敵だと。涙を流していたなら、拭ってあげようと。

 なのに、それなのにその涙は自分のせいだと考えるとひどく心苦しかった。


「みかちゃん……」

「俺は別になんだっていいのに。エリが、エリのまんま俺の側にいてくれたらそれだけでいいのに……」

「みか、ちゃん?」


 ほろほろあふれる涙を拭いもせずに、ただツァルツェリヤが居てくれればそれでいいのに。とうつむいて泣く螢丸に呆然とする。


 苦悩があった。あの日から、影王の供物にされるため殺されたはずの自分。それが生きていることに不思議に思い、運ばれている最中で。あの影族の新たなる王、ヒナゲシ率いる近衛部隊に助けられてからずっと。銀髪に紫色の目の少年の姿の王、ヒナゲシが「混血児なのか」と懐かしそうに見ていた時、その特性、影族の不老不死に加えて人間の生命力の高さと回復力、精神が弱いために作る依存対象というものを教えられたとき。ああ、自分の依存対象は螢丸だったのだと知った。


 愛しているはずの家族ですらどこか遠いことのように感じていた自分は、螢丸さえいれば生きていけたのだとわかり、残党が母屋に行ったことを知りその残党により螢丸は殺されたと思い込んでいた2年間は何度も死のうと思った。

 けれど死ねなかった。その生命力と治癒能力の高さゆえに。首を吊っても切り裂いても手首を落としても。ただ痛いだけで死ねはしなかった。そんな痛い思いをしながら、螢丸が死んだときはこれ以上辛くなかったらいいななんて思っていた。それ程辛くて、毎日が暗くて、悲しくて。


 けれどヒナゲシの側で庇護されていた時、ツァルツェリヤを保護した近衛騎士が報告がてらに言った「最近対我らの風紀に入った子どもの名前が『みかまる』というらしい」という情報で螢丸が生きているかもしれないことを知った。そしてその日「あのこと」をヒナゲシから聞いたのだ。

 だから、だからツァルツェリヤは人間たちから螢丸を救い出すために対人間用の風紀に入った。


 でも螢丸はツァルツェリヤがいればいいと言う。側にいてくれればいいと。どちらにもなりきれない醜い自分という苦悩があった。それを、側にいてもいいと言ってくれた。

 それなら。

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