第14話
「レン? カズネ? どうしたんだ?」
「いえ、なんでもないのよ。というか、名前呼んでくれるのね。いつも『あんた』だったから嬉しいわ」
「そうそう。でも僕のことはレンじゃなくて、パパでいいんだよォ?」
「『あんた』じゃエリに話せないだろ。っていうかレンは黙れ」
「みかちゃん、パパってなに? ぼくには話せないようなことなの? ……やっぱり殺してやろうか人間が」
パパと聞けば一般的に思い浮かぶのは親だろうが、一方でパトロンなどの別の意味もある。自分に話せないという時点でそちらを思い浮かべたツァルツェリヤは、睨んだまま威圧を増し息苦しいまでの空間を作り上げる。ただでさえ手当てされたとはいえ痛みに耐えながら平素を装っていた2人だったがそこでかひゅっと息を呑む。それほどまでに圧迫感のある空間だった。それでも螢丸だけはその空間に入れなかったツァルツェリヤだったが、意識が北見蓮に向かって螢丸の方にいっていた気がおろそかになった瞬間。ばっと飯島和音と北見蓮の方に向かって白いマントをはねのけ、意識が2人に向き緩んだ右腕を払って螢丸が駆けだした。
まさか自分から逃げ出すとは思っていなかったツァルツェリヤは呆然とその後姿を見送ることしかできなくて。飯島和音と北見蓮の前まで来た螢丸は2人に尋ねる。
「レン、カズネどこを怪我した。大丈夫か?」
「え、ええ。平気よ。ちょっと肋骨をねやられただけなの」
「僕は手首折られただけー全然大丈夫だよォ」
「だけじゃねえだろ。どっちも大怪我じゃねえか」
「でも痛み止めももらったのよ、大丈夫だわ」
「そうそう、平気平気ィ」
ひらひらと吊るされていない方の手で手を振る北見蓮と月を背景ににっこりと笑う飯島和音にそれならいいけど……と返して、螢丸は2人の顔色をじっと見る。
若干白い気もするが、痛みゆえだと考えれば無理もないだろう。しかもこの物流がほとんど途絶えた世界で敵に対して痛み止めを渡すなんてどういうことだと思いつつじっと2人を支えている影族の男を見る。そこで初めて気が付いたかのように影族の男ははっとして、螢丸に軽く頭を下げる。
「はじめまして。自分、深田みのりと申しまして、対人間の風紀にて第一師団長をしている者です!」
「あ……お、俺は対影族の風紀で遊撃隊第1班所属の」
「美桜螢丸様ですね。お噂はかねがね、師団総長から聞いております!」
「師団総長?」
「……ぼくのことだよ」
呆然と立ったままぽつりと呟いたツァルツェリヤを振り向き、螢丸はすたすたとツァルツェリヤのところに戻る。さっきまでと同じようにマントの中に潜り込みながら、螢丸はにっとツァルツェリヤは笑いかける。また螢丸が自分のところに戻ってくるなんて思ってなかったツァルツェリヤはきょとんと目を瞬いた後、嬉しそうに螢丸に抱き着いた。
「うわ、っぶねーな」
「あ。ごめんね、みかちゃん」
「別にいいけどよ。それにしてもエリってやっぱり強かったんだな!」
「そ、そうかな。なんかみかちゃんに言われると照れちゃうね」
「そうか?」
ほっぺをほんのりと染めて、照れてしまうといいどこかぽやぽやした様子のツァルツェリヤを深田みのりは唖然と見ていた。
美桜ツァルツェリヤ。それは冷酷・冷徹と同義語の名前だ。少なくとも、両風紀の中ではそう畏れられていることを知っている。人間を殺すときも顔色1つ変えず、ためらいすら見せない太刀筋。そして何よりその武術、特に剣術は鬼のように強く右にも左にも出るものはいない。その実力で、実力主義の対人間の風紀にてわずか16歳にして5つの師団をまとめ上げる天才である。褒められてもけなされても表情も動かさずにただ淡々と処理する。そんな人間たちには化け物と言われている自分たちですら怪物だと思う美桜ツァルツェリヤが。照れている。たった1人の人間の少年の言葉で。
照れ照れしているツァルツェリヤの背中をばしばし叩きながら笑っている螢丸に、以前同じことをして半殺しにされた同僚がいたよなあと遠い目になった深田みのり。彼は先ほどツァルツェリヤに殺されていたが。
「それで、僕たちを助けてくれたのは嬉しいんだけどさァ。……どういうつもりかな?」
「……人間はぼくたちを、みかちゃんを利用しようとしている。だから人間は嫌いだし死ねばいいけど、お前たちが傷ついてみかちゃんが泣くなら話は別だ。みかちゃんを置いて今すぐ立ち去れ」
「ミカを利用しようとしている? どういうことかしら?」
「みかちゃんの右目がお前たち人間に抉られたのと同じ理由だ」
「……抉られた、だって? 待って、人間に? 影族にやられたって、ミカくん」
「ミカ、本当なの?」
問い詰めるようにツァルツェリヤの一挙一動を見逃さないように普段のふざけた顔をかなぐり捨てて真剣に細めていた目を、北見蓮と飯島和音は大きく見開く。
なんだその情報は。
愕然とただただ目をふるわせる2人は螢丸に目を向ける。ツァルツェリヤに抱きしめられたままどこか気まずそうに螢丸は目をそらす。その仕草は、ツァルツェリヤの言っていることは本当だと言っているのと同じで。
「その……悪い」
「悪いって……ちょっと待ってよ、君がその怪我をしてきたのって本部に行ってるとき!」
「そうよ、なぜ本部がミカの右目を」
震えながら飯島和音と北見蓮は螢丸が怪我をした時の様子を思い出す。本部になぜか螢丸だけ協力要請があり出ていって、帰って来た時にはすでに血のにじむ眼帯をしていた。戦闘中に影族に斬られたと螢丸本人が言っていったし、実際に斜めに剣での傷があったから本当なのだと思っていたが。
そもそもよく考えれば本部に影族がいるわけがない。その戦闘能力を買われて他の班に行ったのかと思っていたが、もし。もし、螢丸自身が特別なんだとしたら。その身を実験体に使うためにまず目玉から搾取したのだとしたら。なぜ、そんなことを本部はするのだろうか。
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